●本書の概略
2012年に出版され、韓国漫画映像振興院による「今日の私たちの漫画賞」を受賞した。2016年にフランス語版が出版され、2017年には世界でもっとも権威のある漫画祭と言われるアングレーム国際漫画祭で「新たな発見賞」を受賞するとともに、同漫画祭で韓国漫画としては初の最高作品賞候補10作品にノミネートされ、大きな注目を集めた。
●目次
わけのわからないことだらけ / ジョンエ / ジョンエとわたし
●あらすじ
時は1990年代末、主人公は中学3年生の女子チンジュ。ごく平凡な家庭に育ったが、煙草を吸い、家出を繰り返し、そのたびに父親にも教師にも死ぬほど殴られる。不良少女ジョンエとの出会いをきっかけに、「悪い友だち」がたくさんできた。学校では後輩をいじめ、ためらうことなく学校をサボり仲間と遊ぶ。
ジョンエの母親は家出し、ごろつきの父親は子どもに関心がない。そんなジョンエの家が悪い仲間のたまり場だ。やがて、それぞれの家に嫌気がさしたチンジュとジョンエは家出する。お金を稼ごうと無謀にも年齢を偽りキャバクラで働くが、怖い思いをしたチンジュは女店主に諭され家に帰る。チンジュには帰るべき家があった。待っていてくれる家族がいる。本気で叱ってくれる父親がいた。けれどジョンエが帰る先にあるのは両親の不和と殺伐とした家。中学卒業を前にジョンエは学校に来なくなった。それが友との別れだった。
高校生になったチンジュは以前に増して荒れた生活を送るが、多くの痛々しい経験をしながら世間がどんな所かを学んでいく。そして大人になった今、漫画家として平穏な日々を過ごしながら時折ジョンエを思い出す。自分はもうあの荒んだ世界には戻らない。でもあの子はまだそこにいるのかもしれない。そんなある日、バスの車内で赤ん坊をおぶったジョンエを見かける。顔には傷やあざがあり、表情はない。声をかけられないままチンジュはバスを降りる。ジョンエの後ろ姿と、家出した時に将来「一緒に暮らそう」と語り合った記憶がオーバーラップする。
●日本でのアピールポイント
ストーリーは上記の通りだが、マンガの命は絵だ。始まりと終わりが全て真っ暗な背景で覆われ、全編にわたって黒が多いことで、かえって読者は主人公の心の中を思いめぐらすことになる。家出先の安宿での二人の後ろ姿や、見かけた友に声を掛けられず、バス停でうなだれる主人公の姿を描いた場面ではページをめくる手が止まる。絵が多くを物語る。
世の中は「夢と希望」だけでは語れない。濁った世界にいち早く身を置いてしまい、壮絶な思春期を送ってしまった少女たち。それなのに、主人公の少女は暴力をふるう父を否定しない。自分の過去を否定しない。落ちてゆく友の境遇を否定しない。作者はやりきれない深い悲しみを引きずって生きていかねばならない少女たちを、じっと見守って描くのだ。
韓国のブックレビューを見ると30代の評価が高い。生きづらさを感じながら過ごした思春期。思うようにいかない周囲へのいら立ち、家族とのわだかまり、自分へのいら立ち。ちくりと痛みを伴う思い出は誰の胸の中にも潜んでいる違いない。飾らなくていい、偽らなくていい、あるがままの過去と、こうして生きている今を、何も否定しない。この漫画を描く作者のフラットな視線に、どこかホッとする読者は日本にも多いはずだ。
作成:村山 哲也