●本書の概略
朝鮮の近代小説のなかに書かれた建物に関する箇所と、そこに登場する人物を切り取り、それらを一つ一つつなぎ合わせて構成した、近代建築とその場所にまつわる物語。その当時どのような人びとが建物をどのように使い、その建物についてどのような思いを抱き、そこでどのように生きていたのかを描きながら、一遍の物語に完成させている。100年前に普通の庶民がものを食べ、眠りにつき、娯楽を楽しみ、仕事に勤しんだ場についての体験と記憶を、本書のなかの人物が形を変えて受け継ぎ生きていっている様子が描かれている。言わば「近代建築の風俗画」である。
取り上げられている小説に、カン・ギョンエの『人間問題』、キム・サリャンの『天馬』、パク・テウォンの『川辺の風景』、イ・テジュンの『福徳房』、チェ・マンシクの『太平天下』などがある。
●目次
はじめに
第1章:都市型朝鮮家屋
第2章:文化住宅
第3章:府民館
第4章:京城放送局
第5章:優美館
第6章:団成社
第7章:茶房
第8章:カフェ
第9章:東亜日報・朝鮮日報社屋
第10章:工場
第11章:鍾路街
エピソード
●日本でのアピールポイント
本書は約100年前、日本が列強とともに朝鮮半島に侵出し植民地化していった頃の話である。それゆえ、その時代に朝鮮の人びとが何を考えどう行動したのか、特に日本に対する複雑な感情を垣間見ることができ、大変興味深い。たとえば日本人の建築家が設計した建物より朝鮮人の建築家が設計した建物により深い愛着を持ったり、無声映画の弁士には朝鮮人を登用したり、というふうに。またいくつかの近代小説から題材を取っているので、朝鮮の近代小説に関心のある人は、本文を読み進めながらその小説の部分を想起して内容に引き込まれるだろうし、関心がなくても、出処を参考にし小説を手に取ってみたくなるだろう。
100年前に生きた人びとは、単に職業や空間が多様に変わっただけで、本質的にはどこか類似した姿のままこんにちも存在している。それは日本も同じではないか。本書はそんなことを思い起こさせる小説である。
作成:中野宣子