●本書の概略
就任以来右肩下がりの支持率に悩む三年目の政権。極悪犯罪に対する断固とした姿勢を見せ、推進力を国民にアピールするために大統領側近が考え出したのが死刑制度の再開だった。死刑制度再開にあたり作られた「極悪犯罪撤廃委員会」で、人権に配慮した死刑の一環として死刑囚への「最後の晩餐」の提供が決まる。その調理担当に選ばれたのが「料理人X」だった。料理人Xは死刑囚にまつわる資料を読んだだけで、すぐさまその人にぴったりのレシピを考え出す。彼が作った最後の晩餐は死刑囚のかつての記憶を呼び起こし、それまで長い間明かされなかった秘密や事件の真相をも明らかにする。一方、一人目の死刑執行で勢いを得た政権は急ぎ足で二人目、三人目の死刑執行に踏み切ろうとする。それぞれの思惑や信念の違いが少しずつ浮き彫りになる中、死刑を利用した支持率回復は上手くいくのか。そして料理人Xとは一体何者なのか。
●目次
地獄の門が開く
料理人X
双卵
4月から10月まで
ピーナッツバターを塗った風船
作家のことば
●日本でのアピールポイント
丁寧な調理においしそうな食事と、死刑や凄惨な犯行描写との強いコントラストが印象的な一冊。本作は、極悪犯罪撤廃への厳格な姿勢を示すという名目の下、現在事実上の死刑廃止国である韓国で、長い間停止されていた死刑が再開されることによって巻き起こる騒動を描く。死刑さえも自らの利益の為に利用しようとする人間達のしたたかさには驚かされるが、反対派も主義主張の強化や視聴率の為に死刑を利用しているだけではないか、と考えさせる描写は巧みだ。世界各国で死刑制度の廃止・停止が進む中、未だ死刑制度の残る日本。議論の難しい問題だと思考停止したり、つい無関心になってしまうが、それではいけないと警鐘を鳴らす作品である。記憶と深く結びつく食を通して、罪と罰、人権、正義、命について考える機会となるエンタメ小説である。
(作成:武田香乃)