●本書の概略
政治の世界に飛び込んだ26歳の女性が見たのは「不思議の国」だった。
2022年3月、韓国大統領選で惜敗した「共に民主党」のイ・ジェミョン候補とともに二十六歳の女性が注目を集めた。同党の中央選挙対策委員会の女性委員会副委員長のパク・チヒョン氏だった。パク氏は韓国を震撼させたデジタル性犯罪「n番部屋事件」の実態を暴いた「追跡団花火」のメンバーとして知られる。n番部屋事件では未成年を含む多くの女性が性的な写真や動画の撮影を強要され、通信アプリ内のチャットルームで売買されていた。パク氏は「デジタル性犯罪の根絶」を掲げて、イ候補を支援した。大統領選後は、共に民主党の非常対策委員会の共同委員長に就任した。
著書は党の事実上のトップである共同委員長に就任した2022年3月から6月に統一地方選敗北の責任を取り辞任するまでの82日間の体験をまとめた。若手の登用や「ネロナムブル」(私がすればロマンス、他人がすれば不倫)というダブルスタンダードからの脱却を目指したが、ことごとくベテラン議員たちの抵抗にあう。党内のセクラ疑惑や不適切行為処理への消極的な対応など社会の常識とかけ離れた「汝矣島」(韓国の国会議事堂がある場所)の実態を痛感する。さらに「586世代」(1960年代生まれ、年代に大学に入学した学生運動経験者)の勇退を求めると、586世代の党指導部や所属議員が猛烈に反発、党内対立が表面化した。パク氏は政治の世界を「不思議の国」と表現する。社会の常識が通じない世界で理想の政治、理想の社会を実現するために戦い続ける。
●目次
始まりの言葉 染まっていないし失うものがないから
1章 不思議な洞窟に入り込む
2章 ウェルカムトゥー汝矣島
3章 不思議な民主党
4章 共同非常対策委員長パク・チヒョン
5章 終わらない挑戦
6章 パク・チヒョンの夢
締めの言葉 険しく困難な道を歩き始めた
●日本でのアピールポイント
デジタル性犯罪「n番部屋事件」を暴いた活動家として、女性や若者の期待を集めて韓国政界に飛びこんだパク・チヒョン氏。政治への期待が失望に変わるまでに時間はかからなかった。若手政治家として大統領選で「改革の象徴」として支持を集めることに貢献したが、ベテラン議員に引退を迫った「586勇退発言」で党指導部と対立が表面化し、統一地方選後に党を追われた。パク氏の体験は女性が政治の世界で活躍することの難しさを浮き彫りにする。
ひるがえって韓国だけでなく日本の政治も長年、男性中心で営まれてきた。こうした政治風景を上智大学の三浦まり教授は「さらば、男性政治」で「男性政治」と呼ぶ。「たまに女性の参入が認められても対等には扱われない」と政治の世界でのジェンダー不平等を指摘する。女性議員を増やす機運は高まっているが、2021年10月の衆院選挙での女性当選者は前回より2人減少し、女性議員の占める割合は9・7%にとどまった。韓国の国会議員に占める割合は18・6%(2021年)で日本の低さが際立っている。
政治だけでなく社会や経済、健康、教育などの分野で男女間の格差が大きく、その格差を測る世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数は146カ国中116位。ジェンダー平等実現の大きな課題となっている。
コロナ禍で格差や貧困が深刻化する一方、少子高齢化による子育てや介護制度にも関心が高まっている。生活に直結する制度や施策の決定の場に女性が少ないことの弊害も指摘され、女性議員を増やす必要性が高まっている。今年4月には統一地方選があり、地方議会の女性議員を増やす取り組みも始まっている。
「韓国では20代の女性が主要政党の要職に就くのはかなり珍しい。韓国だけでなく将来的にそれが普通になってほしい」と語るパク氏は、女性家族省の廃止などユン・ソクヨル大統領の政策に反発する多くの韓国女性にとってロールモデルにもなっている。
今日本の政治には女性だけでなく若者や性的少数者など多様な声が政治に反映されることが求められている。そのためには一人一人が声を上げ、社会を変えていく必要がある。
パク氏は「世代や性別に関係なく誰もがやりたいことのできる社会の実現を期待している」と女性や若者の政治参加を応援している。
パク氏の熱いメッセージは、政治変革や政治家を目指す女性たちの背中を押してくれるはずだ。日本の女性をエンパワーメントしてくれる一冊だ。
(作成:砂上麻子)