●本書の概要
第8回チャンビ青少年文学賞を受賞したチェ・ヨンヒの2作目の長編小説。文学トンネ青少年シリーズの38作目として出版された。
独特なタイトルの「ク・ダル」は主人公の名前を意味する。生まれたばかりの赤ん坊を連れてフンジョン洞という町にやってきた男は、その日たまたま目に入った夜空の月を見て、娘を「ダル(月)」と名付けた。父親は前触れもなくいなくなり、お金も尽きて学校を辞めた17才のダルは、再開発を控えて撤去が進むフンジョン洞で、ひとりで淡々と生きている。
実は、ダルには誰にも言えない秘密がある。ある時から突然、人間に聞こえる音の大きさを遥かに超える聴力を持つようになったのだ。ある日、ダルの前にMSミステリー協会の所長を名乗るコン・ジックという男が現れ、一緒に働かないかと提案される。加えて、フンジョン洞で密かに人体実験が行われ、ダルを含む4人の感染者がいることを告げられる。ダルの聴力も感染被害によるものだった。コン・ジックからの話を不審に思いながらも、生計のために協会に入社する。特別な聴力を発揮して感染者たちを観察していくダルは、大切な親友、スンユルも感染者の一人だと知り、ひどい物理的苦痛を覚える。それをきっかけに聴力が一段と進化したダルは、フンジョン洞の人たちの助けを借りながら、感染者たちを救うために奮闘する。
人体実験を企んだのは誰なのか、その目的は何なのか、最後まで明らかにされないまま結末を迎える。だが、ダルは感染によって得られた聴力という寄生体を受け止め、それをうまくコントロールしながら共存して生きていくことを決意する。
●目次
1章 新入社員、ク・ダル
2章 感染者たち
3章 連結通路なし
4章 二つの心臓の音
5章 私が聴くよ
作者の言葉
●日本でのアピールポイント
ミステリー、人体実験、ウィルス、感染といったシリアスな設定にもかかわらず、登場人物やフンジョン洞の様子が生き生きと描かれ、スピーディーな展開で事件の実態に迫るストーリーに引き込まれていく。
社会から取り残された町と、そこで暮らす独り暮らしの老人、親に捨てられた10代、DV被害で離婚し、不安定な職を持つ30代女性の孤立した人たち。しかし、厳しい状況の中でも、周りの人を見守り、気にかけ、寄り添うフンジョン洞の人たちを通じて、人への愛情や思いやる気持ちに心温まる。特に、「聴力=音」をモチーフにして、「周りの声を聴くこと」の大切さを伝えようとしたのが興味深い。また、正体の知れないものに負けて自分を見失う代わりに、自らの決意で人生を切り開いていく主人公ダルの姿から、いまの時代を生き抜くための希望と勇気をもらえる。
作品のいたるところにブラックユーモアが散りばめられており、SFに興味のない人でも、大人でも楽しく読める。
(作成:イ・スジン)