『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(キム・ウォニョン/著 五十嵐真希/訳 小学館)

『希望ではなく欲望 閉じ込められていた世界を飛び出す』(牧野美加訳、クオン)、『サイボーグになる――テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて』(キム・チョヨプとの共著、牧野美加訳、岩波書店)に続いて、キム・ウォニョンさんの3冊目の邦訳となる『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(五十嵐真希訳、小学館)が刊行されましたのでご紹介します。

車いすユーザーのキム・ウォニョンさんは、障害や病気、貧困などを理由に「不当な生」と決めつけられ、社会から疎外される人々がいる一方で、職業、学歴、外見のよさなどで社会の「中心」に立っている人々もいる、こうした社会の矛盾に揺れ動きながら生きてきました。原著のタイトルは『실격당한 자들을 위한 변론(失格の烙印を押された者たちのための弁論)』。自伝的エッセイ『希望ではなく欲望』は、自分のことを伝えたいという欲望を動機として書き、本書は、自分の人生から沸き起こる重要な問いに答え、疎外される人々のための弁論を行うことを動機として書いたそうです。社会の慣行や構造によって差別が産み出されていること、それに自分が無意識、無自覚になっていることを気づかせてくれる作品です。
邦題の『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』は、最終章の文章からつけました。「私たち」という言葉について、ウォニョンさんからいただいたメッセージを訳者あとがきより転載します。読者のみなさまが本書を「自分のための」一冊として読んでくださることを切に願います。(五十嵐真希)

 ――本書で使用した「私たち」という主語は、もちろん私を含む障害者たちを意味していますが、障害者ではない読者も本書を読みながら、みなが「私たち」という主語の中に自分自身を含めて理解してくださることを希望しました。障害の有無に関係なくほとんどの人は、この社会で生きていく資格がないという、何かしらの烙印を押されたことがあると考えるからです。本書は、障害者から出発してすべての人の経験へと広がり、つながっていくことを望んで書いたものです。

インタビュー:「作家、キム・ウォニョン――書き、踊り、欲望せよ」

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だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(キム・ウォニョン/著 五十嵐真希/訳 小学館)