駐大阪韓国文化院主催 韓日文学対談「チャン・リュジン×中江有里」レポート

6月25日、大阪韓国文化院(大阪市北区)・ヌリホールで『仕事の喜びと哀しみ』(牧野美加・訳/クオン)、『月まで行こう』(バーチ美和・訳/光文社)の著者、チャン・リュジンさんと『わたしたちの秘密』(中公文庫)、『水の月』(潮出版社)の著者であり、女優・歌手の中江有里さんによる文学トークイベントが開催された。

冒頭、大入りの客席を前に、この日モデレーターを務めた中江さんが「韓国文化院のある中崎町は祖母がかつて暮らしていた場所。20年ぶりに、ここに帰ってきました。とても懐かしい場所で縁を感じています。今日は皆さん、トークを楽しんでください」と挨拶。

続けてチャンさんが、この日のために覚えてきたという日本語で「実は3歳まで親の仕事の都合で日本に住んでいました。幼い頃で記憶はあまりないのですが、当時の私の写真を見ると、和室の部屋で寝ていたり、祭りの法被を着ていたり、漢字で“牛乳”と書かれたパックを飲んでいたりするんです。そんな私にとって日本は特別な国。今日は、通訳さんが同席すると知っていましたが初めの挨拶だけでも自分で話したくて、このように準備してきました」と観客に語りかけると、会場は温かい拍手に包まれた。

中江さんの「いつから小説を書き始めたんですか?」との問いに、チャンさんは「韓国には色んな習い事がありますが、文化センターに文章教室の講座があったんです。2011年頃、そこで趣味として書くことを始めました」と明かした。「働きながら、週末に教室に通って書いていました。製菓教室に行くと焼いたパンを持って帰れるように、書いた小説を持って帰らなくちゃ、というような軽い気持ちで」

長編小説『月まで行こう』を書き始めた契機についても話題に。「20代初め、会社員をしていた頃の私は、家賃をどうにか払うために次の給料日を待つような苦しい生活で……誰か100万ウォンでいいからくれないかなぁ……なんてことばかりを考えていました」とチャンさん。そうした経験から経済的余裕のない3人が一攫千金を目指すこの小説が書きたくなったそうだ。「小説家は好きなストーリーを描くことができる。3人に大きなお金をあげたくて」とも語り、主人公の一人、タへが住む小さなワンルームは、実際にチャンさん自身が住んでいた部屋がモデルだという。物語では仮想通貨の儲けに一喜一憂する3人の姿が描かれるが、そうした場面は一定期間の実際の値動きをグラフ化し、その上下する様子に感情移入しながら執筆したと聞き、驚いた。こうした実体験や現実が描写に反映された同作品は「ハイパーリアリズム小説」と評される所以だ。

チャンさんは、デビュー作にして韓国で10万部を記録した小説「仕事の喜びと哀しみ」を発表したとき、「さようなら、遠くへ行きなさい」と心の中で思ったそう。「とは思ったものの、まさかこんなに遠く……大阪まで来れるようになるとは思ってもみませんでした」と相好を崩す。「この作品は、もう少し文学を専門的に学びたいと、予め1年だけと決めて通い始めた大学院での勉強を終え、再就職をしようとしていた頃に書いた小説なんです。再就職したら、自分が遭遇するであろう仕事、人、出来事……などに思いを馳せるうち、この小説が生まれました」

今後の出版計画についてチャンさんは、「韓国では数日前に短編集の新刊(『연수(研修)』)が出ましたが、今後は長編執筆の計画もあります」と明かした。「また日本で翻訳出版された際には、こうして大阪を訪れたい」との嬉しい言葉も。中江さんは「初めて会ったとは思えないほど、チャンさんに親しみを感じました。とても楽しい時間でした」と90分間のトークイベントを締めくくった。

                              (報告:音野阿梨沙)

<プロフィール>

チャン・リュジン/小説家。1986年生まれ。韓国延世大学社会学科を卒業。2018年短編小説『仕事の喜びと哀しみ』(牧野美加・訳/クオン)でチャンビ新人小説賞を受賞しデビュー。著書に小説集『仕事の喜びと哀しみ』、『研修』(未翻訳)、長編小説『月まで行こう』(バーチ美和・訳/光文社)などがある。第11回若い作家賞、第7回沈熏文学大賞を受賞

中江有里(なかえ・ゆり)/女優・作家・歌手。1973年大阪府生まれ。法政大学卒。89年芸能界デビュー。NHK朝の連続テレビ小説『走らんか!』ヒロイン、映画『学校』、『風の歌が聴きたい』などに出演。NHK BS2『週刊ブックレビュー』で長年司会を務めた。読書に関する講演、小説、エッセイ、書評も多く手がける。著書に小説『わたしたちの秘密』(中公文庫)、『水の月』(潮出版社)、『万葉と沙羅』(文藝春秋)など。2023年1月 Newシングル「なみだ、海へ帰す」リリース。文化庁文化審議会委員