●本書の概略
本書は、“浪漫エキスポ”開催をめぐって起きる社員たちの奮闘を背景に、浪漫と現実の狭間で葛藤する主人公の逡巡を描く。主人公は、シナリオを書きたいと勤めていた企業を辞めてはみたものの、1年ほどでそれを諦めてしまった男性。その後は、アラフォーになるまで、10年ほどアルバイトに明け暮れ、貧しく惰性に流された生活を送ってきた。職探しをしても、まともに応募要件を満たせない求人広告ばかりが並ぶ。
そんな中、男性は年齢、性別、学歴、職歴……といった要件不問のRコンサルティングに入社する。社長は、Rコンサルティングが売るのは“浪漫”だという。資本主義社会において枯れゆく人々の浪漫を蘇らせることをミッションに掲げているのだ。しかし実態は、会員制の恋愛相談や、不倫カップル向けの秘密相談といった具合で、その理想とはほど遠く、資金繰りも極めて厳しい。そこで起死回生を図るべく、“浪漫エキスポ”が発案された。最初は現実的ではないと、否定的な態度を見せた社員たちであったが、次第に力を合わせ、これを推進していこうとする。
だが、ここでも資金繰りで壁にぶちあたる。結局は、役員として社の方針に介入する貸金業者の手によって、“浪漫エキスポ”は“セックス博覧会”に軌道修正されてしまった。貸金業者による自作自演のノイズマーケティング(これまたニュース沙汰になるほどの修羅場である)により、博覧会は成功裏に終わる。男性は会社を去ることにするが、こうした会社をめぐって起きるドタバタ劇や学生時代の回顧を通じ、忘れていた自分の「文を書きたいという熱望」を思い出す。これまでは、戦うことさえしなかったから。そして今度こそは、簡単には諦めない覚悟を決める。
●目次
浪漫コンサルティング (※1~26の章立てで構成)
作家の言葉
●日本でのアピールポイント
著者は、(韓国の年齢で)37歳のときに会社を辞め、小説家を目指したというウン・スンワン。そんなウン・スンワンと主人公の姿が重なる。タイトルの“浪漫”とは、ほど遠く、描かれるのはシビアな現実社会。筆者は、この作品で「熱情が強欲に、浪漫がポルノに、どのように変質したかについて書きたかった」というが、一方、その筆致は筆者も「軽快」と自覚するほどユーモラスなものだ。
この作品には、完全な実利主義者――たとえばTOEICのハイスコアを叩き出し、就職ばかりを見据える学生――と、理想を追い求めるロマンチスト――たとえば学生の本分に忠実な学生――の対比が繰り返し描かれる。主人公は実利主義者を俗人であるかのように捉えながらも、現実に抵抗し理想を追い求めるロマンチストとして戦うこともできない中途半端な存在だ。奪うか、奪われるかの21世紀の資本主義社会において、夢や浪漫を追い求めることは愚かなことなのか? 主人公とともに考え抜いて欲しい一冊。
変質していく社会において戦い続けた者への憧憬という点においては、芥川賞受賞作の『時が滲む朝』(楊逸、文芸春秋)が連想される。なお、本書は、韓国文化芸術委員会の2018年「アルコ創作基金」に選定され、その支援により出版に至った。
(作成:音野阿梨沙)