●本書の概略
主人公は映画サークルに所属する高校生イ・ナム。父はある日突然、家族を捨てて姿を消した。軽食店を営む母は元職場の同僚ワン姉さんにべったりで息子には関心がない。孤独を抱えるナムが多くの時間を共に過ごすのは同性の友人チェグンだ。母には知らせず出かけた仲間との旅行。互いの気持ちを確認したナムとチェグンは雪降る夜にキスをする。しかし、ナムの心には「自分は誰かのそばにいる資格があるのか」という気持ちが徐々に芽生え始めていた。家庭環境の違いや突然の引っ越しをきっかけにふたりはすれ違い、そのまま離ればなれになってしまう。音声で残されたチェグンからの手紙に対するナムの返事、それがこの物語だ。ナムが性的マイノリティーであることにとまどいながらも事実を受け入れていく仲間たち。家を出て行った父と再び過ごす時間。静かに流れる時のなかで、自分を、そして母を理解していく。周囲の環境が変化しても変わらず思うのはチェグンのことだった。―ある日、映画のようなことが起きたりするさ。僕たちはいつかまた出会えるはずだー大学生になったナムは映画祭のポスターを掲示板に貼る。心の奥深くにある感情が愛であることを確認しながら。
●目次
プロローグ
1部
2部
3部
エピローグ
作家の言葉
●日本でのアピールポイント
「文学の感動と共に社会や人に対する幅広い理解を」をコンセプトに出版社チャンビが贈るマンガ図書館シリーズの1冊。本書の舞台は2000年代後半。ラジカセやMP3が登場し、コミュニケーションの手段は懐かしいスライド式の携帯電話だ。本を開くとゆっくりとした時間が流れ始める。色のない世界に雪が降り煙草の煙がくゆる。淡々とした画風にもかかわらず登場人物の感情やひとつひとつの情景が胸に染みこんでくる不思議な作品だ。韓国では「マンガでありながら小説のような行間を感じる」「ずっとナムを忘れずに生きていく」など感銘を受けた読者の声が次々あがっている。たやすく誰とでも繋がれる現代。そこにきちんとした心は通い合っているだろうか。めまぐるしい変化の時代にのみこまれ、わたし達が過去に忘れてきてしまったものはないだろうか。言いそびれた言葉、伝えられなかった思い……日本の読者も「返事を伝えるのに遅すぎることはない」という作者からのメッセージを受け取ることになるだろう。
(作成:髙橋恵美)