●本書の概略
韓国からオーストラリアの高校に留学にやってきた勉強熱心なヘソル、彼女のホームステイ先の一人娘で医学部合格を目指す韓国系移民1.5世のクロイ、不法滞在状態の家庭で育った韓国系移民2世のエリー。本書は、この3人の視点が入れ替わる形で物語が進む。
3人は同じ学校に通う韓国系の生徒だが、校内では接点がない。特に、学業優秀な2人と素行不良のエリーの間には大きな溝がある。互いを理解しがたく感じ、時には反発を覚えつつも、親の都合に振り回されて、「自分の物語」を生きているという実感を持てない彼女たちは次第に本音や秘密を共有し合う関係になっていく。
そんなあるとき、2つの大きな事件が起きる。ひとつは、友人と仲たがいしたエリーがヘソルとクロイを誘い、3人でドラッグと酒を飲んだという事実が親と学校に知られてしまったこと。もうひとつは、エリーが起こした大家とのトラブルがきっかけとなり、家族が住む場所を失ったことだ。学校から説明を求められ、クロイの両親は娘の立場を守ったが、ヘソルとエリーは自分で責任を取るしかなかった。2人は学校を去り、さらに厳しい状況の中で生きていくことになる。しかし、それは2人にとって、自ら選び取って生きていく新しい人生の始まりでもあった。
クロイは事件の前と変わらない生活を続けているが、これまで信じてきた価値観が揺らぎ、精神的に不安定な状態に陥る。彼女の部屋の窓の外には、手入れを怠って荒れた庭が広がる。そこには、強い毒性を持つオレアンダーの花が咲いているのだった。
●日本でのアピールポイント
シドニー在住の著者による綿密な取材をもとに執筆された本作は、オーストラリア留学の実態や、韓国系移民のコミュニティのリアルな描写が光る。オーストラリアに越境する韓国人を題材にした作品には、ワーキングホリデーに行く女性を主人公としたチャン・ガンミョンの小説『韓国が嫌いで』などもあるが、本作はあくまでも「親の都合で」オーストラリアで生活している子どもが主人公であるという点がポイントだ。
著者は本書のあとがきで「この本が中高生の推薦図書になってほしい」と語っている。平易な言葉で書かれていて一つひとつの章が短く、せりふを中心にどんどん展開していくという点でも、この物語は読み手の世代を選ばない。学校でのドラッグ売買といったセンセーショナルにも思える内容が含まれるものの、物語の核心は自分のアイデンティティを模索し、親からの期待や将来への不安に悩む3人の少女の姿である。そして、安易に明るい未来を提示しない結末からは、若者に寄り添う著者の誠実な姿勢が感じられる。ぜひ若い世代に読んでほしい1冊だ。
(作成:高松彩乃)