トラックを回る女たち(트랙을 도는 여자들)

原題
트랙을 도는 여자들
著者
チャ・ヒョンジ
出版日
2021年11月04日
発行元
ダサンブックス
ISBN
9791130677804
ページ数
315頁
定価
15,000ウォン
分野
小説

●本書の概略

本書は、ダサンブックス「今日の若い文学」シリーズの3作品目で、著者初の小説集として出版された。アンソロジーや文芸誌、ウェブマガジン、オーディオブックなど、さまざまなメディアを通じて発表された短編小説10編が収録されている。

「トラックを回る女たち」
40代のシングルマザーが道端で殺された。同じヴィラに住む孤児のルミは、被害者とその娘が、近くの学校の運動場を歩く姿を見かけたことがあった。運動場では、ルミとその母娘の他にも、いろいろな女たちが歩いていた。ルミはふと、死んだ女の姿に自分を重ね合わせる。あの事件の被害者が自分だったかもしれないことに、ルミは恐怖を感じる。

「門を少し開けておいて」
音楽の道に進むと家を出た息子が、8年ぶりに帰ってきた。息子はガンを患っており、闘病の末にこの世を去る。近くのマンションに引っ越そうという妻の意見に従おうと思っていた矢先、息子のファンだという見知らぬ若者らが家に訪ねてくる。そこで初めて私は、息子が出したアルバムの中に「ハンナム洞の青い門」という曲があることを知る。私は彼らが帰った後も、しばらくの間、家の青い門を閉めることができなかった。

「ミジュとグンファの二卵性双生児説」
放送局で臨時職員として働くグンファは、刺激的な食べ物を食べることと、ミジュが配信した動画を視聴することで、職場のストレスを発散する日々を過ごしていた。自分と同じように太っているのに、オシャレで充実した生活を送っているミジュに憧れるグンファ。しかし、ある日を境にミジュの動画配信がストップしてしまう。心配したグンファは、ミジュの動画に登場する場所に向かうが、そこで人々はグンファをミジュだと誤解しはじめ、グンファはそれを否定できないままでいる。職場の人までもがグンファをミジュだと誤解し始めた矢先、偶然に二人は出会う。マスクを取ったミジュは、グンファとそっくりだった。

「ミチが狂いたくなる(ミチがミチでありたい)」
レコード店で出会ったおじさんに呼び出されるたびに、ホテルに行ってセックスをする学生のミチは、おじさんの妻が妊娠したことに納得がいかない。名前を何度も訊くくせに、自分の名前は教えてくれないおじさん。しかしミチにとっておじさんは、ケンカの絶えない両親から、不真面目な学生を放置する学校から逃避できる唯一の居場所となっていた。朝帰りをした日、おばあちゃんがミチに言った。「ヒジョン。体に気を付けて。何事にも注意深く。何事にも感謝しながら。わかったね」本当の名前で呼ばれたミチは、なぜか涙が止まらなかった。そしてそのまま家の電話でおじさんに電話をかけた。「はい、ハン・チャンギルです」という声は聞きなれたおじさんの声だったが、何も言わずに電話を切った。ミチは、おじさんに二度と連絡しないと決めた。

「私たちの最後の眠り」
うつ病を患う私は、年老いた猫ディラと一緒に暮らしている。自助グループの集まりがあったその日、私はワインを飲みながら、睡眠薬を一粒ずつ飲んでいった。だが、死ぬどころか、一日も経たないうちに空腹で目が覚めた。腕の中にいたディラの体は冷たかった。「私が先に死ねばよかったのに」と思ったが、何をしても簡単には死ねないことを私はわかっていた。それにもかかわらず、死を望まずにはいられない日が、私にはある。

●目次

トラックを回る女たち
墓地への散歩
海辺での考え
緑の劇場
門を少し開けておいて
ミジュとグンファの二卵性双生児説
ミチが狂いたくなる(ミチがミチでありたい)
トリック
フィンガーセーフティ
私たちの最後の眠り
解説
作家のことば
推薦のことば

●日本でのアピールポイント

本書に収録された作品の多くは、誰かの死や病気、失恋、裏切りを経験してもなお生きていくしかない人々の姿を描いている。もがきながら生きる登場人物の姿に息苦しさを覚えながらも、読者はどこかに自分の姿を見つけるだろう。
また、この短編集には、さまざまな暴力にさらされる女性たちが多く登場する。家父長制の中で心身のバランスを崩していく母親を客観的に観察する私に、「男に生まれなかったことが、彼女(母親)を苦しめたのだろうか」と語らせている(「フィンガーセーフティ」)のが象徴的だ。本書に登場する女性たちは、物語をリードするのではなく、時代や家族など周りの状況に翻弄される存在として描かれている。これらの作品は、フェミニズムに関心のある読者にぜひ読んでもらいたい。
「私の小説に出てくる女性は皆、トラックを回る女性たちなのだと思います」と著者は語る。作品の根底にあるのは「あなたの痛みは、あなただけのものではない」という共感と連帯だ。つらい記憶がよみがえったときや誰かとのつながりを感じたいとき、この短編集が読者の心にそっと寄り添ってくれるだろう。

(作成:金知子)

チャ・ヒョンジ
 2011年、ソウル新聞の新春文芸に短編小説『ミチが狂いたくなる(ミチがミチでありたい)』が当選し、作家活動を開始した。アンソロジー『母について』、『この恋は初めてだから』にも作品が収録されている。