『幼年の庭』(呉貞姫/著、清水知佐子/訳、クオン)

1968年に「玩具店の女性」が中央日報の新春文芸に当選して小説家の道を歩み始めた呉貞姫(オジョンヒ)。理不尽な世の中で苦労する女性たちの苦悩や葛藤を繊細に切々と描き、女性の声がしっかり聞こえる作品と評されています。李箱文学賞、東仁文学賞、萬海文学賞など多数の文学賞を受賞し、ハン・ガンやシン・ギョンスク、ピョン・ヘヨンらから自分の文学の原点と尊敬を集めている作家です。そんな呉貞姫の名作短編集『幼年の庭』が「CUON韓国文学の名作」から出版されました。表題作の「幼年の庭」や「中国人街」は、朝鮮戦争を経験し、成長した世代として厳しい現実を冷静に眺め、骨を削る思いで書かれた自伝的小説です。朝鮮戦争のさなかである避難先での日々を描いた「幼年の庭」には戦争中の混沌とした社会と、父親不在による家族関係の微妙な変化を、「中国人街」では休戦後の仁川のチャイナタウンを舞台に、異国人へ蔑視の眼差しを向ける当時の社会情勢を読み取ることができます。腰を据えてじっくり読みたくなる作品集です。訳者の清水知佐子さんからメッセージを頂戴したのでご紹介します。

この世に生まれ、成長し、大人になって就職、結婚、子育てをする。その背景には、朝鮮戦争と避難生活、戦後の混乱や発展、いつまでも大人になりきれない兄や家父長的な父の存在、そして独裁政権や北との緊張関係といった不安要素が常につきまとっていた――。著者の自伝的小説を含む中短編が8篇収録された本書は、そんな女たちの一生を追った、連作小説のようにも読める小説集です。

人生の不条理にどうしようもなく追い詰められたとき、ふと頁をめくれば、詩的で繊細で秘密めいていて、ちょっとシニカルな文体に魅了されつつも、女たちの憂いと孤独と絶望が読み手のそれと痛いほどオーバーラップし、とことんそれらに向き合わざるを得なくなるでしょう。韓国の数多くの女性作家たちが敬愛してやまない呉貞姫の作品世界に、どうぞどっぷりはまってみてください。(清水知佐子)

 

『幼年の庭』(呉貞姫/著、清水知佐子/訳、クオン)