『ひこうき雲』(キム・エラン/著、古川綾子/訳、亜紀書房)

亜紀書房から韓国文学の新しいシリーズがスタートしました。〈キム・エランの本〉です。第1弾は、『ひこうき雲』(古川綾子訳)。若い夫婦が自分たちの経済力に見合うローズアパートに引っ越してくるが、そこは再開発地域の隣接地。経済的な理由で子どもを二度も諦めたことのある妻は妊娠するが、騒音と虫に悩まされるようになる。夫も仕事が忙しく、一緒にいる時間が減っていく。うごめく虫に不穏さを感じる「虫」。秋夕〔チュソク:旧暦の8月15日の節句〕の大型連休が始まる日に、大勢の人でごった返す仁川国際空港でトイレ掃除をするキオクさんの一日を描いた「一日の軸」など8編が収められています。登場人物たちは経済的な苦労や、やるせない労働などに悩み、みな幸せではありませんが、著者の心象描写はとても美しく、読み終わった後にもう一度かれらの話を読みたくなります。『走れ、オヤジ殿』(古川綾子訳、晶文社)『外は夏』(古川綾子訳、亜紀書房)とはまったく異なる余韻を残す短編集です。訳者の古川綾子さんからメッセージを頂戴しましたので、ご紹介します。

これまでキム・エランさんの作品は、『走れ、オヤジ殿』(晶文社)、『外は夏』(亜紀書房)の2冊を翻訳しましたが、今回の『ひこうき雲』は3冊目の拙訳であると同時に、「キム・エランの本」という新シリーズの記念すべき第1弾でもあります。
彼女が描く小説はどれも、社会が抱えるその時々の深刻な問題の中に、市井の人の笑いや涙がリアルに、そして丁寧に織り込まれているのが特徴と言えます。
例えばデビュー作の『走れ、オヤジ殿』は、1997年から98年にかけて韓国を震撼させたアジア通貨危機(IMF危機)に翻弄される10代の若者、職と父権を失った父親に焦点を当てた作品が多く見られました。
それから7年後に刊行された『ひこうき雲』は、そんな若者たちが20代や30代に成長した姿が、『ひこうき雲』の5年後に刊行された『外は夏』では、30代半ばに至った彼らを見ることができます。どれも執筆当時のキム・エランさんや同世代の視点が作品に反映されていて、読者とともに年齢を重ねてきた作家なのだなと、今回改めて感じました。
『ひこうき雲』には2008年から12年にかけて発表された8編が収録されています。龍山惨事や社会問題に発展した大学生相手のマルチ商法など、実際の出来事や事件がモチーフになった作品もあります。原書が刊行された10年前の韓国にタイムスリップした気分で、当時の若者はこんなこと考えていたんだな、こんな生活を送っていたんだなと楽しんでいただければ幸いです。(古川綾子)

「聴いて、読んで、楽しむ★K-BOOKらじお」第9回目のゲストは古川綾子さん。『ひこうき雲』をはじめ、これから刊行予定の本など3作品の魅力について語っていただきました。ぜひご視聴ください。

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『ひこうき雲』(キム・エラン/著、古川綾子/訳、亜紀書房)