●本書の概略
2019年5月7日付の韓国日報一面で報道されたのはソウル中心部に現存するチョクパン村の現状と、その裏で暴利をむさぼる貧困ビジネスの実態だった。
老朽建築物の内部を超狭小部屋に分割改造した賃貸施設の「チョクパン」。わずか1坪(3.3㎡)余りの部屋に、浴室もボイラーもない劣悪な環境。しかし、まとまった額の保証金なしに賃貸契約をするのが難しい韓国で、ホームレス寸前の人々が入居できるのは、家賃が月23万ウォン(約23,000円)ほどで保証金不要のチョクパンだけだ。
住民との会話から貧困ビジネスの存在を感じ取った著者は、入手した膨大な資料を一つ残らずデータ化、分析し、そこから浮かび上がった事実を住民への粘り強い取材によって裏付けていく。明らかになったのは、貧者からの賃料収入で富を築く家主一族と、それに一役買う中間管理者の搾取の全貌だった。
2部では大学街で超狭小ワンルームを不法経営する家主たちと、不便な暮らしを強いられながらも自らの貧困を認めない若者たちの実態を、著者自身の貧困経験を交えながら明らかにしていく。
●目次
はじめに
1部:チオクコ※の下のチョクパン
※「チハバン」半地下の部屋。
「オクタプパン」建物の屋上に設置した簡素な住居。
「コシウォン」元は受験生用の狭小で安価な住居施設。単身低所得者が多く暮らす。
2部:大学街の新チョクパン村
おわりに
●日本でのアピールポイント
映画『パラサイト 半地下の家族』で広く知られるようになったソウルの貧困層。程度や形態は違っても、低所得者が増え続ける社会の仕組みや、それを利用した貧困ビジネスの実情は日本の主要都市も大差ない。また、財源の乏しい国や自治体、票にならなければ動かない議員、忌避感や偏見から税金投入に無理解な市民など、その根底にある問題は何処も同じだ。
貧困=恥とする概念が強い韓国で、著者もまた自らの貧困経験をひた隠しにしてきたが、本書に吐露したことで貧しさの概念から解き放たれ、社会に対する、よりはっきりとした問題意識を持つようになったという。
膨大な資料と格闘し、根気よく住民との信頼関係を築きながら、一歩一歩核心に迫っていく若き女性記者の姿が頼もしい。報道内容とその舞台裏を綴った本書では、貧者に目を向けない社会への憤りとともに、親しくなった住民に対する記者としての複雑な心境や、報道後の心の迷いなども率直に語られる。硬質でありながら人間味あふれる著者の文章は、読者を思わず感情移入させて、ともに困難な道を歩ませる力を秘めている。
作成:大窪千登勢