●本書の概略
「死」の運命を変えることができるとすれば、死ぬことをそのまま受け入れるだろうか。他人を犠牲にしてでも生きつづけることを選ぶだろうか。食事中に人の死を見る男と、その周りで起きる事件を描いた特殊設定スリラー。
ジェヨンはある日突然、食事中に人の死を見るようになる。最初はその死を阻止しようと手を尽くすが、全て失敗に終わった。そこでジェヨンは、二つの法則に気づく。死が見える対象は自分が顔を知っている人、そして、生の運命は変わっても死の運命を変えることはできないこと。人の死を見るのが苦痛だったジェヨンは、数日おきにわずかな食事しかとらずに倒れては病院に運ばれる日々を送っていた。そこで、女性看護師ソルジと出会い、親しくなっていく。
ある日、死ぬはずだった人が死なずに、他の人が同じ日時、同じ場所、同じ死に方で死ぬのを目にしたジェヨンは、ジェヨンと同じく人の死が見え、死の取引をする「仲介人」と出会う。他の人が死ねば死の運命を回避できることを知っていた仲介人は、金に困っている人に多額の金を渡して金持ちの代わりに死ぬという、「代理死」の提案をしていたのだ。家族のために、娘のために、代理死を選ぶ人々。代理死を妨害したことで、ジェヨンは様々な事件に巻き込まれ死の危機に瀕しながらも、死の運命は決められているという信念を貫き通す。代理死に失敗した仲介人は、忽然と姿を消してしまう。
そしてジェヨンは見てしまう。恋人のソルジの死を。だが、ソルジは心臓移植により一命を取り留める。その後二人は結婚し、子どもも生まれ、幸せに暮らす。ジェヨンの死が見える能力は消えることはなかったが、食事も人並みにとれるようになる。だがジェヨンは、わが子の死を見るのだった……。
●日本でのアピールポイント
本書は、二転三転するストーリーで話題を呼んだミステリー小説『誘拐の日』のチョン・ヘヨンによる長編小説。
人間は食べなければ死んでしまう。本書は「食べること」と「死」がつながりを持つという、インパクトのある設定のスリラーだ。韓国文学での特殊設定ミステリーは珍しいジャンルであり、注目を浴びている。スピード感のある文章で、後半になるにつれてミステリー色も強くなり、最後まで飽きることなく読むことができる。ラストは温かい余韻を残しつつも、次なる危機を予感させる。
貧困を悪だと考える仲介人と対立する主人公が、貧困や死、運命について悩む場面では、生きるのに必要なものはなにか、どのように生きるべきか考えさせられる。著者はインタビューで、本書について「人生は楽しいことばかりではない。でも、苦しいときも生きなければならない。そのような話を伝えたかった」と語っている。自分の信念を貫き、困難に立ち向かう主人公の姿に勇気をもらえるだろう。韓国文学を読んだことのない読者層にも受け入れられそうな作品だ。
(作成:橋詰理恵)