●本書の概略
日本とも所縁の深いイム・キョンソン作家は、不安なことが多く信じられることが少ないこの時代に、偽りのない澄んだ愛の話を書きたかったのだと言う。これはそんな大人の愛を描いた作品だ。
36歳のスジンと8歳年上の彼氏ヒョクボムとの関係はいつも「大人」だ。口数の少ないヒョクボムは「いつも互いに正直であろう」と口では言うが、常に相手に決定権を委ね、本音を見せない。そしてスジンはそんな彼にもどかしさを感じている。
ある日スジンは会社のロビーに植えられた植物を管理する8歳年下でガーデンデザイナーのハンソルと出会う。そして告白され、毎日のように愛のメールを受け取るようになる。始めは罪悪感から拒んでいたスジンだが、ある時招かれたパーティー会場でヒョクボムと前妻が一緒にいる姿を見て動揺し、ハンソルに助けを求めてしまう。その後冬季休暇を取ったスジンは、仕事でロンドンに滞在しているハンソルを追ってイギリスに渡ることに。自ら連絡するつもりはなかったのだが、予想外の濃霧で独り道を見失い、結局再びハンソルに連絡をしてしまう。スジンのために帰国の予定を延長したハンソルの案内でイギリスの美しい庭園を散歩しながら距離を縮める二人。スジンは帰国後も後ろめたい気持ちを抱きつつ、ヒョクボムとは対照的に眩しいほど真っ直ぐに気持ちを伝えるハンソルと共に、穏やかな時間を過ごし始める。
ところが暫くしてハンソルの存在に感づいたヒョクボムがスジンの家に訪ねて来て、そこで突然感情を爆発させ泣き崩れてしまう。そんなヒョクボムの人間臭い姿を初めて目の当たりにしたスジンは、驚きつつもようやく彼に自分の本音をぶつけ、相手の本当の気持ちも知ることに。そしてハンソルを呼び出し、遂に完全に別れを告げる。初めから彼女の中に他の人がいることに気付いていたハンソルは最後の最後までスジンへ愛の言葉を残しつつ、去って行く。
その後スジンはヒョクボムと結婚し息子を産む。ある日公園で遊んでいる時に母親を喜ばせようと草花を摘んで手渡す息子の姿を見たスジン。ふと曇りなく透明で完璧だったハンソルの愛を思い出すが、どうにかそれを呑み込むのだった・・・・・・。
●目次
1部
2部
あとがき
●日本でのアピールポイント
無機質なヒョクボムとの時間とは対照に自然に囲まれたハンソルとの美しい時間が印象的な作品だ。村上春樹をこよなく愛するという筆者は、コロナとこの本の執筆時期が重なってしまい、愛について書くことが躊躇われた時期もあったと言う。しかし後にむしろそんな時だからこそ書きたい、と考え直したのだそうだ。全てをかけ、恐れもせず、損得勘定もせず、ためらいもない、別れる時ですら全力な、そんな子供のような透明な愛を書きたかったのだと。愛する人の名前もまたとない大切なものであり、だからこそその名前を静かに呼ぶのだと。コロナ渦で心が疲れた人々に是非読んで貰いたい作品だ。
(作成:繭羽)