●本書の概略
本書は韓国文学芸術委員会の文学共有選定図書に選ばれ、第16回白信愛文学賞を受賞した著者3作目の長編小説である。
公務員試験に合格して住民センターで働いているムドゥクは、苦労して就いたその仕事に失望していた。そんな中「目覚めている夢(明晰夢)」を見るオンラインコミュニティ「青い塔」を知る。訓練を始めたムドゥクは、空を飛ぶ明晰夢を見ることができるようになる。そんな時「青い塔」の管理人であるタグに、目覚めている夢で一緒にユートピアを作らないかと提案される。タグの経営するカフェの一室から明晰夢に入り、ユートピアへたどり着いたムドゥクは、そこで作り出した洞窟の暗闇の中で眠ることにこの上ない喜びを感じた。ある日、洞窟の中で『ユートピアへ行く4番目の方法』というタイトルの本を見つけ、本についてタグに尋ねるが、はっきりと答えてくれない。いつものように洞窟の中で眠っているムドゥクは何者かの気配を感じる。恐怖に耐え暗闇の中を逃げていると、本がなくなっていることに気づき、目が覚める。それ以来洞窟に入れなくなってしまったムドゥクは、仲間を募って独自に明晰夢を見るグループを作るが、なかなか上手くいかない。その理由を教えてくれるというタグに会いにカフェから明晰夢に入るが、二人はユートピアに対する意見が衝突する。するとムドゥクを裏切り者だと言うタグによって射殺されてしまう。殺されて以降明晰夢から追い出されてしまったムドゥクは、本の謎を調べるうちに、タグと一緒に「青い塔」を創設したホンリという女性に出会う。独裁者になってしまったタグからユートピアを取り戻すには、現実から排除しなければならないというホンリの言葉に、ムドゥクの中にタグへの復讐心が芽生え始めた。ホンリから武器の入手方法を聞いたムドゥクはタグの元へと向かった。
●目次
ユートピアへ行く4番目の方法
解説:ユートピア、可能性と不可能性のアイロニー
作者あとがき
●日本でのアピールポイント
明晰夢では、夢の内容をコントロールして思い通りに体験することが可能だが、意図して見る確実な方法はないという。もし明晰夢を見ることができたら、現実世界では手に入れられない夢や挫折感を補うことができるのではないだろうか。著者特有の想像力が遺憾なく発揮され、独創的な世界が創りだされている本書は、一見すると「夢」をテーマにしたファンタジーのようでありながら、不安な時代を生きている人々や韓国社会の現状が描かれている。就職や仕事、恋愛、アイデンティティなど日本の社会にも共通するテーマであり、日本の読者にも共感を得られるだろう。人類にとって真のユートピアとは何なのか幸せとは何なのかを、改めて考えるきっかけになるかもしれない。
(作成:佐藤有希)