●本書の概略
韓国文学で最も現代的、先鋭的な作家が送る「現代文学PINシリーズ」36作目の作品。結婚と保険を結び付けるという独創的な発想で物語が進んでいく。
旅行と図書館の中を歩くことが好きなアンナは、「図書館ランウェイ」というアカウント名でSNSに図書館内を歩く様子を投稿している。旅行先のカナダの図書館で出会った男性と結婚するアンナ。結婚式を控える中、コロナの流行により結婚式は挙げられず、図書館にも出入りできなくなる。利用できるようになった図書館でアンナはAS安心結婚保険の約款集を借り、これを高値で買い取りたいという人が現れる。
アンナの友人であるユリは、保険会社に勤めている。アンナから約款集を売ると聞いた数週間後に彼女の失踪と彼女の夫の死について知らされたユリは、アンナの行動をたどっていく。図書館には売られたはずの約款集が返却されており、ユリはAS損害保険会社の元社員だという男性チョと出会う。約款集に重要なページが抜けていることを知ったユリはアンナに対して懐疑心を抱きながら、チョとデートを重ねる。
そんな中でユリはアンナから連絡をもらう。アンナの夫は結婚保険の加入者だった。そしてチョは、アンナに対して一方的に思いを寄せていた。アンナの夫はAIによる加入不可の判断を受けたにもかかわらず、チョが加入させたのだった。アンナを守ろうという独りよがりな考えで。アンナが切り取ったページには、夫の思い出が記されていた。彼女は夫との思い出を胸に、ひとりで強く生きていく決意をする。
●目次
図書館ランウェイ
作品解説
あとがき
●日本でのアピールポイント
「保険」や「約款集」という言葉を聞くと難しそうだと思う人も多いだろう。だが本書は、専門用語もそれほど多くなく、約款集に関しては一般的な約款集と違ってエッセイのようで読みやすい。「結婚保険」は著者が創作したものだが、実在するのではないかと思うほど作りこまれている。時代とともに変わりつつある結婚観についても言及されており、日本の若い世代も共感できるだろう。全体的にテンポのいい文体が特徴で、コロナ禍の韓国をリアルに描くことでさらに緊張感を高めている。それでいながら読後は温かい余韻を残す作品だ。
巻末の作品解説では、アジア人作家で初めて英国推理文学賞「ダガー賞」を受賞した『夜の旅行者たち』を含む著者の他の作品とも比較しながら解説されている。『夜の旅行者たち』は邦訳出版される予定であり、あわせて読むと著者ならではの独特な世界観をより楽しむことができるだろう。
(作成:橋詰理恵)