●本書の概略
本書はキム・リョリョンの『ワンドゥギ』(2008)、ソン・ウォンピョンの『アーモンド』(2017)などK文学のベストセラーを輩出した、チャンビ青少年文学賞の2022年第15回受賞作だ。
主人公は中学二年生のヒョン・ジョンイン。古紙回収のリヤカーをひくハルモニ(祖母)と二人暮らしで、ハンバーガー店のバイトで生計を立てている。思うにまかせない日常を過ごす彼は、ある日一匹の黒猫に出会う。世の中を見透かすようにキラリと光る金色の瞳。猫の正体は、ヘレル・ベン・サハル。3400年のキャリアを誇る悪魔だ。ヘレルは、一週間の休暇をジョンインと過ごすことになる。「悪魔の誘惑」に揺らがない生真面目なジョンインだったが、ある日、大人からいわれなき罪を着せられ、ハンバーガー店のガラスに石を投げつけ逃げ出してしまう。途中、交差点で事故に巻き込まれたのは心配して彼を追って来たハルモニだった。ヘレルは集中治療室のハルモニを見守るしかないジョンインに近づき、全ての想像が叶う扉の向こう側の世界に彼をいざなう。ナイキのスニーカー、飛行機、淡い恋心を抱くクラスメイトのジェア、そして元気な姿のハルモニ。想像が全て叶えられる世界は、本当に幸福といえるのだろうか。希望が叶う可能性が、たとえ0.01パーセントだったとしても、自分なりの方法で生きることを選択したジョンインは、現実の世界に戻る道を歩き出した。
●目次
プロローグ
1.猫
2.ハンバーガー・ヒル
3.ヘレル
4.想像
5.ジェア
6.選択
7.計算と答え
8.夢魔
9.幸運
10.プライドの重さ
11.食べることが先
12.可能性
13.一番高い場所
14.エラー
15.夜のカケラ
16.雑草
17.ストライク
18.もし……
19.夜の雨
20.君が望むなら
21.世の中の全てのもの
22.扉の向こう
23.晩餐
24.針の先端
25.精算
26.ホームイン
エピローグ
作家の言葉
●日本でのアピールポイント
「貧困」「幸福とは何か」ファンタジーでありながら、骨太のテーマが込められた小説。映画「パラサイト」で韓国の貧困問題が注目されたのは記憶に新しいが、日本でも子どもの七人に一人が貧困に直面する深刻な事態だ。本書は少年の目を通じて、貧困という社会問題を浮き彫りにする。一方で、ベテラン悪魔と今どきの少年の出会いによって起こるエピソードの数々は、思わず微笑んでしまうようなユーモアにあふれ、本書の魅力を高めている。そして、世の中がジョンインに与える試練と、それに対する彼の選択を通じて、私たちが「幸せとは何か」を考え、現実に立ち向かう勇気を与えてくれる作品でもある。
文学賞受賞時は『悪魔と少年』だった仮題は、出版時には『クローバー』に改められた。幸運の象徴とされる四つ葉のクローバー。一方で顧みられることのない三つ葉のクローバー。まだ花も咲いていないのに、人は葉を見て決めつける。世の中の人々が何を言おうと自分の花を咲かせようとするジョンインの姿がクローバーと重なる。YA(青少年)小説だが、世の中と折り合う中で幸せの価値を見失っている大人にとっても、ジョンインの真っ直ぐな言葉が胸に突き刺さる必読の一冊だ。
(作成:中村晶子)