●本書の概略
「わたしの音楽をわたしと同じように理解できる人」
真の理解者を欲する天才の苦悩と葛藤。そして、二人の音楽家の互いへの憧れ、憎悪、友情をファンタジーとミステリーの手法で描いた作品。
舞台は17世紀のヨーロッパ、音楽の都市エダン。かつて、この街をつくったイクセは生涯ただ一本の樹を愛し、死ぬ前に火を放った。だが、燃えずに氷の樹となり森が生まれた。こんな伝説が生きているエダンで、音楽家たちを取り巻く不可解な事件が繰り広げられる。
低い身分に生まれた傲慢な天才バイオリニスト、バイエル。彼は自分の音楽を理解する「ただ一人の聴き手」を渇望していた。一方、貴族で純粋なピアニスト、ゴヨはバイエルの「ただ一人の聴き手」になることを熱望した。
エダンで最も栄誉あるコンクール・ド・モートベルトの称号を得たバイエルは、演奏した者は死に至るという伝説のバイオリン「黎明」を手に入れた。すると、バイエルの周りで凄惨な殺人事件が次々に起こりはじめる。犯人を探し求め「黎明」に導かれて氷の樹の森に入ると、そこで恐ろしい真実が一つずつ明らかになり、誰もが信じていた伝説は覆った。大切な人を奪われたバイエルは復讐を果たし、氷の樹の森は姿を消した。
ゴヨをエダンに残し、一人、海の向こうへと旅立つバイエル。「ただ一人の聴き手」を求めて。
絶版となり、古本には定価の4,5倍の値がついたという人気作『氷の樹の森』(初版)に、バイエルの少年時代を描いた「外伝」が加わり、12年ぶりに完全版として出版された。
●目次
序曲
#00 今も冬のここ、エダンより
#01 三人の天才
#02 楽器オークション
#03 予言者キーセ
#04 氷の樹の森への招待
#05 音楽決闘
#06 異国の伯爵
#07 最初の殺人事件
#08 狂気と復讐の前夜祭
#09 コンクール・ド・モ-トベルト
#10 悲劇のメロディー
#11 モートベンの高潔な復讐
#12 終末の序曲
#13 幻想曲、氷の樹の森
最終楽章
フィーネ
氷の樹の森 外伝
●日本でのアピールポイント
音楽と小説が出会い、個性溢れる登場人物たちの人間模様を壮大なスケールで描いた作品。近年、日本で人気の高いファンタジーとミステリー、どちらのファンも十分に楽しませる魅力がある。500ページを超える長編だが、貧富貴賤のある現実的な世界と、氷になった樹の森という幻想世界を行き来する独特の世界観に引き込まれ、読み進めれば読み進めるほどページをめくる手は止まらなくなる。作品中に「音楽が言葉になる」というくだりがあるが、読みながら「言葉が音楽になる」かのように感じられた。クラシック音楽を素材にしたK文学作品はめずらしく、巨匠の名をわかりやすくなぞらえた人物名も面白い。
(作成:湯原由美)