●本書の概略
新人SF作家の発掘を目指す「韓国科学文学賞」の中・短編受賞作品集。 大賞受賞作『館内紛失』の舞台は、紙書籍が姿を消し、故人の「マインド」を保管する施設となった図書館。そこでは故人の人生や行動パターンを基に作成されたマインドと遺族が接触できるという。
出産を控えたジミンはある日、他界した母親のマインドに会いに図書館を訪ねるが、それが館内紛失していることを知る。生前には不仲だった母親のマインドを探すべく、ジミンは母親が生きた証を追い求める。
同作家の佳作受賞作『光の速度で行けないならば』は、地球外移住や人体の冷凍冬眠が可能になった未来を描いた物語。目覚ましい進歩を遂げる宇宙開発に翻弄された孤独な女性科学者の生涯を描く。 また、すでにAI活用に関する研究も盛んな介護分野を扱った『TRSが看ています』では、介護アンドロイドが登場。人間の感情を汲み取るほど精巧に造られたアンドロイドの心と生身の人間の心との違いを浮き彫りにする。『最後の航海日誌』では、自ら「死」を選択した人間と、それに向けたプロジェクトを実行するアンドロイドとの一週間にわたる交流を綴る。
そのほか、終末が近づいた地球に生き残った老人と、ラジオを友としてきたアンドロイドとの友情を描いた『ラジオの葬儀』、アンドロイドに組み込まれた息子のわずかな「脳」に執着する母親、そんな母親からの独立を切望するアンドロイドと、アンドロイドの人権確立に奔走する弁護士との攻防を描いた『独立の五段階』など6作品を収録。
●目次
キム・チョヨプ『館内紛失』
キム・チョヨプ『光の速度で行けないならば』
キム・ヘジン『TRSが看ています』
オ・ジョンヨン『最後の航海日誌』
キム・ソンホ『ラジオの葬儀』
イ・ルカ『独立の五段階』
●日本でのアピールポイント
SF小説というと宇宙旅行や宇宙戦争を思い浮かべるかもしれない。しかし本書の収録作品の多くは福祉や医療、生死に関する問題など、現代人がたやすく想像できる「未来の暮らし」を描いたものが多く目につく。宇宙旅行が夢物語ではなくなった現在、SF作品はより身近な存在となったのではないだろうか。科学の発展にともない発生しかねない問題を、作家が先回りして提示しているようにも見える。
SF小説コンクールの開催、SFアンソロジーの出版など、広範囲にわたり活発な動きを見せる韓国SF界に注目すべき時代が到来したことを、本書を通して実感してほしい。
作成:藤原友代