『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(ファン・ボルム著、牧野美加訳、集英社)

“映画「かもめ食堂」や「リトル・フォレスト」のような雰囲気の小説を書きたかった”(著者あとがきより)という言葉どおり、やらなければならないことに追い立てられる忙しい日常のなかで、ちょっと息をつくことのできるヒーリング小説『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(ファン・ボルム著、牧野美加訳、集英社)。良い書店とは? 良い本とは? そして、働くとは? 幸せとは? 新米書店主のヨンジュが抱えるさまざまな疑問や悩み、ヒュナム洞書店にやって来る人々の心の傷、これらが緩やかに解決していく過程に読者の心も癒やされます。『ライ麦畑でつかまえて』『光の護衛』『あまりにも真昼の恋愛』『ショウコの微笑』など、実在の本が登場するのも面白いです。本のカバーイラストは、原著と同じで、住宅街で明かりの灯るヒュナム洞書店のイラスト。韓国でも話題になりましたが、こんな素敵な書店が自分の家の近くにもあったら、常連客になるだろうなとつい思ってしまいます。訳者の牧野美加さんからメッセージを頂戴しましたのでご紹介します。

この本の韓国語の原書を手にしたのは2022年2月のことです。コロナ禍が想像以上に長引いていたところにロシアのウクライナ侵攻のニュースに触れ、精神的に少々疲弊していたころでした。偶然立ち寄った釜山の書店で見つけ、店の明かりが通りを温かく包む様子を描いたカバーデザイン(日本語版と同じ)に惹かれて手に取りました。その明かりのように心を温めてくれる物語で、読んでいるうちに、疲れた心もじんわりと癒やされていったのを覚えています。
舞台は、ソウルの静かな住宅街にオープンした「ヒュナム洞書店」。30代の女性店主ヨンジュやバリスタの青年ミンジュン、個性あふれる常連客など、書店に集う人々の交流を描く群像劇です。彼らは、仕事や就職、家族との関係、将来への不安など、それぞれ悩みを抱えてうずくまっていますが、人との関わりや読書を通して、再び立ち上がる勇気を手にします。人生のある時点で立ち止まり、しばし休み、再び歩みだす彼らを見ていると、時には立ち止まって休むことの大切さをあらためて感じました。
最後のページを閉じたときに安らぎを感じてもらいかった、と言う著者は、あえて「休(ヒュ)」の字の入った店名「ヒュナム洞書店」にしたといいます。そこにいるだけで気持ちがほっとほぐれるヒュナム洞書店へ、みなさんもぜひお越しください。(牧野美加)

『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』(ファン・ボルム著、牧野美加訳、集英社)