文学で旅する韓国(大邱編)への参加報告

文学で旅する韓国(大邱)への参加報告

            舘野 晳(日本出版学会会員) 写真/梶田 暁

 出版社CUONとチェッコリが主催する「韓国文学ツアー」、今年も10月19~22日、3泊4日の日程で挙行された。これまでに統営、光州、そして昨年は済州島と訪ねてきているが,迎えた4回目は「大邱」だった。メディア関係者を交えて参加者は25名、女性が8割を超える賑やかなツアーで、参加者は現地(「東横イン大邱」)集合、みんな期待に胸をはずませていた。

 日本で出版活動をするCUONは、主に韓国文学の翻訳書を出している。このツアーは同社で刊行した書籍に登場する韓国の地を訪ねて、より身近に韓国文学への理解を深めようとの趣旨で始まった。熱心な読者を中心に毎回参加者が増え、いまでは固定メンバーさえ生まれるようになった。

 これまでの訪問地は、統営(朴景利『土地』)、光州(ハン・ガン『少年が来る』)、済州島(金石範『鴉の死』など)であり、今回の大邱は、金源一の「中庭のある家」(CUON近刊)の舞台になった。訪ねた金源一記念館はこの春に完成したばかりだった。

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大邱の歴史や文化に関係する視察先としては、この記念館のほかに道東書院、大邱文学館、出版社の学而思、ハンティジェ、書店の本屋アイ、ギャラリーのTOMA、「2・28運動記念館」「韓医薬博物館」「大邱近代歴史館」と盛りだくさん、これに「金光石通り」の散策、加えて郷土料理をたっぷり味わうなど、多彩なメニューが準備されていた。

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 視察先のすべてに触れる余裕はないので、二つの出版社、「学而思(ハギサ)」と「ハンティジェ」、そして「書店アイ」について報告をしたい。

 「学而思(ハギサ)」は大邱慶北地域の出版活動のリーダー格である。創業は1954年、理想社の名称でスタートしたが、2007年に現在の「学而思」に改名した。人文・小説・随筆・詩・児童・地域史などの出版を手がけており、児童文学・絵本の比重も高いようだ。同社の『2019年図書目録』によれば、2015年以降の刊行在庫点数は109点なので、年平均20点ほどの新刊を出している計算になる。

 出版社は日韓双方ともに首都圏への集中が目立っている。それだけに地方における出版活動は企画・制作・流通・スタッフ確保などの面で、どうしても不利で苦戦を強いられるようだ。反面、地方所在としての特徴を生かし、地域に根づいた出版、書き手や読者との距離が近接した出版という利点を持つとも考えられる。

 学而思はこの利点を追及しながら地元読者とともに歩んできた。こうした努力が認められた結果なのだろう。出版目録には「中小出版優秀図書」「大邱出版印刷産業競争力強化事業団、優秀出版図書」「世宗図書」「出版文化産業振興院優秀出版図書」「大邱市選定“今年の本”」「朝の読書、選定図書」「地域優秀出版図書」「大邱文化財団創作支援」などに選定された出版物のタイトルがずらりと並んでいた。

 申重鉉代表の説明にもあったが、学而思では一般読者向けの「読書アカデミー」を開設している。これは読み手の「読書力」の向上を図り、出版企画のヒントを得るために設けた講座で、参加者に書評を書く力(読解力)を身につけることを意図している。すでに実績をまとめた5冊の書評集が刊行済みである。地方所在の出版社だからこそ、読者とともに本づくりすることを心がけているのだろう。

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これに対し「ハンティジェ」は、夫婦二人で営む個人出版社である。二人はかつて雑誌『緑色評論』の編集部が大邱にあった当時、そこで働いていた。その後、雑誌の発行元はソウルに移ったが、二人は大邱にとどまり、出版とは異なる仕事に従事していた。しかし、どうしても出版への思いを断ち切ることができずに、二人は再び出版の道を歩もうと決意する。幸い、以前に使用していた部屋が空いていたので、慣れ親しんだ場所を拠点とすることができた。

 こうして、ささやかな個人出版社が大邱の地に誕生した。刊行点数は年間7、8点にすぎないが、エコロジー・健康食品・フェミニズ・子育てなど、二人が関心を寄せるジャンルの書籍を着実に刊行してきた。

 これまでの経過の説明を受けるなかで、感動的なエピソードの紹介もあった。それは夫婦の子息のトランスジェンダー問題と、それを乗り越えて行く過程、とりわけ事態に関連する図書の刊行に踏み切るまでの話である。重い課題を抱えた両親としての悩みと、問題の所在を世に訴えたい出版人としての思いとの狭間で、苦悩したお二人の気持ちが強く迫ってきた。

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「書店(i)アイ」は学校教師、司書ら書物を愛する5名が共同出資して設立した協同組合が運営主体となった地域書店である。日本では事業者ではない個人が出資する事業協同組合の設立はできないが、韓国では新たな事業創業のタイプとして認められている。

 大邱東区の住宅団地の一角に立地する書店アイは、近隣の幼稚園児、小学校低学年のたまり場でもある。書店の片隅には二段に仕切った大型ベット(小部屋?)まで備えてあり、保護者の出迎えを待つ子どもたちは、店内のあちこちで本を広げたり、ふざけ合ったりしながら時間を過ごしていた。休日になると、親子連れが増えて店内はいっそうの賑わいを見せるという。

 この書店の特徴は利用者、書店側がそれぞれに知恵を出し合い、考えられる限りのサービスを試行していることだ。子どもの年齢に応じた本の選定、贈り物の見繕い、日曜日の書店レンタル、深夜の書店提供、本のリサイクル、読書討論会、読書日記クラブ、作家との出会いの場づくりなど、さまざまな利用者サービスを提供している。

 日本では書店は「待ちの商売」の印象が強く、顧客に積極的に働きかける(=需要を喚起する)イメージは薄いが、書店アイの運営状態を聞くと、日本の書店の場合でも、参考にすべき余地があるのではないかと、いろいろ考えさせられる。韓国の書店はなぜ前向きで積極的なのだろう。その違いは何に由来するのか。

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  大邱文学館を見学した折に、大邱にはかつて詩人李相和、李章煕、小説家の玄鎮健ら、多くの文学者、知識人が滞在していたことを知った。朝鮮戦争の際にも、中央から避難してきた大勢の文化人が移り住んだという。いずれ再開発で姿を消すかもしれないが、香村洞界隈などには往時の歴史の痕跡が、いまだに残り息づいていた。

 来年、2020年春には、大邱市寿城区で「韓国地域図書展」が開催される。水原、済州島、居昌と続けてきた地域出版の全国規模の展示会である。会場では各地の地域出版社の刊行物が展示され、講演会・シンポジウム・関連イベントなどが予定されている。そこでは地方出版の現状が率直に語られ、隘路打開の方策について熱心な議論が交わされるだろう。どんな意見が出て、討論の中心は何なのか、その行方を見守っていきたい。(2019.11.20)

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