【優秀賞】『あの夏のソウル』だめな問題を解くために、引き裂かれた若い魂の物語/倉次 みのりさん

【優秀賞】

倉次 みのりさん

『あの夏のソウル』
だめな問題を解くために、引き裂かれた若い魂の物語
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朝鮮戦争で朝鮮半島は二つに分断されたのだと思っていた。ひとつの民族が、二つの国に別れて主権争いをした結果、休戦ラインを引くことで決着をつけた戦争だと考えていた。しかし「あの夏のソウル」を読むと、そんな言葉で簡単に片付けていたことが申し訳なくなる。
彼らは引き裂かれたのだ。抗うことなどできない大きな力で、理不尽に、無残に。

北朝鮮の人民軍による侵攻が、38度線を越えてくるのも時間の問題かと不穏な空気が流れるソウルで物語は始まる。登場人物の多くは10代の若者たちだが、立場はそれぞれ違う。親日派で支配階級の父を持つ少年、優秀だが貧しい小作農だった少年、共産党員の母を失った孤児の少女など……。彼らの多くは共産主義を支持し、北朝鮮による統一を望んでいる。
なぜなら、日本植民地時代に彼らの多くが搾取される側だったからだ。第二次世界大戦が終わり日本から解放されると、北では共産党によってそれまでの立場は反転させられ、搾取する側が奪われ、搾取されていた側に分配された。しかし、そのせいで対立は激しくなり、戦争が起き、同じ民族で殺しあうことになってしまう。

戦いが激化していく中、彼らは自問自答を繰り返す。北と南、どちらの主張が正しいのか。戦況はどちらが有利なのか。戦争の指導者たちは正しいのか。なぜ虐殺が起こるのか。自分は何を選び、何を守るべきなのか。
現在のようにネットが発達しているわけでもない。噂の域を出ないような曖昧な情報と、自分にとっての正義とは何かという信念だけを頼りに、彼らは選択を迫られる。
そして仲間や家族ともぶつかりあい、時に理不尽な死を目の当たりにし、ひどく苦しみ肉体的にも心理的にも傷ついていく。
「正解がある問題じゃないよ。解いても解いても泥沼にはまっちまう。だから問題じたいがはじめっからだめなんだよ」
一人の少年が吐き出すこの言葉が全てを物語っている。
まだ若い彼らが理想を追求し、自分の信念を貫こうと、恐怖と戦いながらも自分をふるい立たせる姿が痛々しく切ない。彼らは選択したところで、結局は無力なままだ。戦争という大きな力が彼らの運命を容赦なく切り裂いていく。その恐ろしさと残酷さ、あまりの理不尽さに怒りとやりきれない思いがこみ上げてくる。

休戦は今も続いている。傷つけられた彼らの魂が納得する、問題の正解が提示される日がくることを願ってやまない。