韓国出版レポート(19-12) 最近の韓国・朝鮮・在日関連図書

韓国出版レポート(19-12)
                   
     最近の韓国・朝鮮・在日関連図書
                    舘野 晳(日本出版学会会員)
 2020年を数日で迎える年末になった。相変わらず「韓国文学」の翻訳出版は活況を呈している。これの2019年分の総決算については、次号でやりたいと考えているが、本号では紹介されることの少ない人文書を中心に取り上げていきたい。
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 最初は、2016年に刊行されたものであるが、韓国天安に所在する独立記念館に付設する韓国独立運動研究所が企画し、韓哲昊(東国大学教授)が執筆、佐野道夫(こども教育宝仙大学教授)が翻訳した近代日本は韓国をどのように併呑したのか?』(韓国独立記念館刊行)を紹介しよう。独立記念館参観者へのガイドブックの役目も果たす本書は、記念館の「“歴史歪曲”批判教養書シリーズ」の一冊でもある。
 本書は全5章で構成されており、各章のタイトルは反韓・嫌韓論者らがいう日本と韓国のあいだにあるイッシュ、すなわち歴史的認識を扱っており、見出しのすべてに疑問詞(?)がついている。著者側からの「果たしてそうだったのだろうか?」という疑問の表現なのだ。
 韓国併合をめぐる事象として取り上げているのは、「日露戦争が韓国を守ってくれるための戦争?」「1905年の“乙巳条約”締結を高宗が許諾した?」「伊藤博文は韓国を併呑する気がなかった?」「韓国併呑条約は平和的に締結された?」「韓国人は日帝の韓国支配を望んだ?」の各章である。
 いずれも反韓論者らの主張においては、「是=しかり」となるのだろうが、著者側の主張はすべて「否」であり、その理由を本書において詳しく解明していく。
 著者は論を進めるに当たり、詳しく一次資料と既存の研究論文に当たり、そのうえで「併呑」にいたる事実を論証している。数多く収録された写真と相まって、「?→否」となる理由を述べる手並みは見事である。じっくり読み、かつ考えながら、韓国側の主張の根拠と結論に導く過程を理解していきたい。そうした学習をするためにも、本書のような啓蒙書の刊行は適切で望ましいことである。大勢の読者が得られることを望み、広く推薦しておきたい。
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 『近代朝鮮の境界を越えた人びと』(李盛煥・木村健二・宮本正明編著、日本経済評論社)。タイトルに関連する9本の論文が収録されている。いま「Cross Border」は流行(はやり)言葉みたいになっているが、本書に登場する人々は、こうした軽薄浮薄な現象とはまったく別のものだ。「朝鮮近代という時間軸と、植民地支配下にあった朝鮮という空間軸に従って、境界を越えた人々がどのような背景のもとで移動・定着・再移動・帰還・残留をしたか、それをいかに位置づけしているか」(序章)を共通テーマとする学術研究論文なのである。対象の範囲が多岐にわたっているので、個別のタイトルを挙げておこう。
 「近世初、西日本地域の“朝鮮人集団居住地”について」(尹裕淑)、「近世日本の“被虜人”末裔をめぐる状況・認識」(宮本正明)、「大韓帝国期の“お雇い外国人”に関する研究」(金明洙)、「“鮮満一体化”政策期の在朝日本人の“満州”地域移動」(柳沢遊)、「国境を渡った“国家”― 間島朝鮮人社会」(李盛煥)、「豊南産業(株)による”南洋農民移民”」(今泉裕美子)、「在朝日本人鉄道従事員の戦時と戦後」(木村健二)、「在日朝鮮人の“戦時”と“戦後”」(宮本正明)、「送還と帰還—植民地二世・小林勝の戦後」(崔範洵)。
 こうしたテーマに関心を持つ者にとっては、極めて魅力的で読んでみたい論文ばかりである。特に、間島(延辺)地域への日本人・朝鮮人の政策的移動を扱った柳沢論文と、間島朝鮮人社会の形成を扱った李盛煥論文を興味深く読むことができた。この2編の論文を読むと、当時の日本・朝鮮・満州における人口移動についての政治的・経済的背景と実態を理解することができる。現在につながる「延辺」地域の歴史の発端が扱われており、そしてその地は朴景利『土地』、安寿吉『北間島』など、文学作品の舞台にもなってきた。激動の東アジア近代史の焦点の地でもあった、この地域の歴史の理解を一段と深めるためには、最適の資料とも言えるだろう。
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 広瀬陽一著『日本のなかの朝鮮、金達寿伝』(クレイン)。著者には2016年に同じ出版社から上梓した『金達寿とその時代—文学・古代史・国家』がある。前書は「文学活動と古代日朝関係史研究、在日朝鮮人組織、北朝鮮・韓国との関係の総体を、彼の生涯に即して明らかにした」ものだったが、本書では「前書で扱えなかった公的・私的な活動を集積して、今なお彼を覆っている膨大な虚飾や偏見を取り払い、等身大の彼の姿を描き出すことを目的とした」という。 
 読んでいくと、戦中から開始された金達寿の文学活動、特に数多い雑誌との関わりや交友関係、近親者のことなども含めて、金達寿の周辺で起こったことが、時系列的に詳しく記述されている。総連との関係や韓国訪問をめぐる親しい人々との軋轢なども率直に語られているので、前書に比べれば、個別事象についての理解も容易にでき、読みやすくなっている。読んでいくと、すんなり頭にも入ってくる。
 だから金達寿が77歳で逝去するまで、何をやってきた人物であるかは良く分かる。しかし問題はそれらについての評価である。亡くなってから12年ほどしか経過していないことに由来するのかもしれない。彼の在日世界や在日朝鮮人文学における位置とか評価に触れている部分が極めて少ないのだ。時間が経過すれば、いずれその点についても、考察していきたいと著者は言うだろうが、中間的総括であっても聞かせてもらいたかった。金達寿という稀有の人物を取り上げた著書だけに、著者なりの評価を知りたかったのである。それが惜しまれる点だった。
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 さらに紹介したい本としては、室井康成『事大主義—日本・朝鮮・沖縄の「自虐と侮蔑」』(中公新書)、平井敏晴『週末ぶらっと、黄海旅行記』(三五館)、林浩治『在日朝鮮人文学——反定立の文学を越えて』(新幹社)などがあるが、次回の本欄に譲りたい。