●本書の概略
今年はバウハウス創設100周年のため、様々な出版物が発行されている。バウハウスは、第一次世界大戦後間もない1919年のドイツ、ワイマール共和国に設立された先進的な総合造形学校だ。1933年にナチスによって閉校されたが、現在も世界中で影響を与え続けている。しかし、私たちが知っているバウハウスの進歩的、革新的な理念やデザインは、男性マイスターの歴史を見ているに過ぎない。
当時、世界でもっとも民主的な憲法であったワイマール憲法は「教育の自由」を保障し、バウハウスはそれまで美術を学ぶことが許されなかった女生徒にも、平等に門戸を開いたはずだった。しかし、実態は異なり、女生徒は男性よりも高い授業料を払ったうえ、美術ではなく工芸を学ばされた。そのため卓越した才能を持ちながらも男性の栄光の陰に追いやられ、ほとんど知られることのない女性たちの存在が生まれた。
ルチア・モホイもそうした女性の一人だ。バウハウスは開校後10年間、写真を教えられる男性教授がいなかった。ルチアは天才写真家であったが女性であるため、教鞭をとることができなかった。彼女は夫に写真技術を一から教え、彼の創作活動をも手伝ったが、現在有名なのは夫モホイ・ナジの方だ。
本書は、バウハウスの歴史、時代背景、教育システム、理念をジェンダーイデオロギーの視点から見つめなおし、語られることのなかった歴史を掘り起こすことに成功している。バウハウスの女性7人を通し、「男性は美術・女性は工芸」という二元論に支配されていたバウハウスの構造を解き明かし、閉塞的な世界においても芸術家としての活動を追求した女性たちの生き方、闘いを紹介している。
●目次
はじめに
バウハウスの教育システムに表れたジェンダー政策
第1部
美術と工芸に対する二言論的システム
陶芸に人生の意味を見出した、マルゲリーテ・フリードランデル・ウィルデンハイム
死の収容所内において美術で希望を描いた フリードル・ディッカー・ブランダイス
第2部
バウハウスの美学と性観念
バウハウスの理念を玩具で具現化したアルマ・ジードホフ・ブッシャー
男性の領域で成功した女性神話の二重性 マリアンヌ・ブラント
第3部
バウハウスのテキスタイル工房の葛藤と矛盾
テキスタイル工房のジャンヌダルク、グンタ・シュテルツル
バウハウスを超えたテキスタイルの改革家、アニー・アルベルス
女性のアイデンティティを写真技術で表現したゲルトルート・アルント
●日本でのアピールポイント
日本では『82年生まれ、キム・ジヨン』などの韓国フェミニズム文学が共感を呼んでいる。女性の社会的な立場や権利は、この百年でどう変わってきたのだろうか。奇しくもバウハウスが開校された1919年の日本では、女性の権利を要求する新婦人協会が、平塚らいてうを中心に設立されている。
本書で紹介された7人は卓越した才能をもった美術家たちではあったが、学内で明らかな差別を受けていた。そして彼女たちの背後にも無数のキム・ジヨンがいた。日本でも医学部の入学試験に女性差別があったことは記憶に新しい。百年前の女性の立場が、現代の女性のそれと大きく変わっていないことに、読者は驚かされるだろう。
本書は、企画・執筆者である著者のアン・ヨンジュを始め、編集者、デザイナーもすべて女性である点も特長的だ。フェミニズム文学から、フェミニズムの歩みに目を向けたくなった読者には恰好のノンフィクション書籍だろう。
作成:バーチ美和