韓国出版レポート(19-10)  最近の韓国・朝鮮・在日関係図書

韓国出版レポート(19-10)
 最近の韓国・朝鮮・在日関係図書
                 舘野 晳(日本出版学会会員)

 収書網を意図的に張り巡らしているので、それだけによけい目につくのかも知れないが、韓国関係図書の刊行は、文学以外のジャンルでも相変わらず盛況である。「出版不況」に「日韓不和」が重なっているが、ひるむことなく多彩な書物が出ている。それら近刊の出版物のうち、いくつかを紹介してみよう。

 植民地時代の朝鮮半島、そこで暮らした朝鮮人と日本人を対象に調査した記録が刊行された。
①聞き書き: 永津悦子植民地下の暮らしの記憶 —— 農家に生まれ育った崔命蘭さんの半生』(三一書房)と、②広瀬玲子『帝國に生きた少女たちー 京城第一公立高等女学生の植民地経験』(大月書店)である。
 これまでにも、この種の植民地時代の生活者からの聞き書きや回顧録・自叙伝などはいくつかあった。しかし、ほとんどは男性が対象で、女性のものは少なかった。両書で報告されている女性(日本人21名、韓国人1名)は、すべて1920年代の生まれ、同時代の朝鮮半島の空気を吸って育った人々である。

①の主人公、崔命蘭さんは1927年に慶尚南道霊山面の小作農の五人兄弟の末っ子として生まれた。地元の尋常小学校に通学し卒業。当時の暮らしぶりや学校での思い出が淡々と語られる。1945年に18歳で結婚、そして朝鮮は解放を迎える。夫を追って神戸を経て川崎桜本に定着し、子どもは5人生まれた。本書では、その後の日本での生活よりも、表題通り植民地下の自小作農家の仕事と暮らしの紹介に重点が置かれている。社会科学的な分析の面では物足りなさも感じられるが、農村での具体的事例が列挙されている点では、貴重な成果と言えるだろう。

②植民地朝鮮のエリート学校だった京城第一公立高等女学校の卒業生21名にアンケート調査し、うち16名にインタビューを実施した結果がまとめられている。聴取内容は当時の暮らし、学校の様子、朝鮮(植民地)認識、敗戦と引き揚げ、植民地責任への自覚など。植民者2世にあたる彼女らの歴史認識が率直に語られており、それを日本思想史・女性史研究者の著者が総括してまとめた。
 小林勝によれば、植民者の「郷愁は禁じられる」べきものだが、ここでの回答者は「ノスタルジーに浸る」ことはあるものの、「居心地の悪さを抱えて」もいる。「何も気づかなかったことへの痛みと申し訳なさ」を感じ、「植民地責任への自覚」に達しようと踏み出しているのだ。その点では植民者2世としての責任の取り方、言うところの「内なる植民地主義」を克服しようとする過程にあると言えるかもしれない。 
 
③安部桂司『日共の武装闘争と在日朝鮮人』(論創社)という異色の本が出たことも記録に留めて置きたい。本欄前号で紹介した作家、小林勝に『断層地帯』という小説がある。それは日本共産党が武装闘争をしていた時代を背景としたものだ。在日朝鮮人組織の「祖国防衛委員会」(祖防委)は、朝鮮戦争阻止などを名分に武力闘争を辞さなかった。当時、日本共産党は大勢の朝鮮人党員を擁し、その影響もあって武装闘争が米軍基地、輸送物資を相手に展開された。後にこうした武装闘争路線は否定されるが、この当時は吹田・枚方事件のように、大々的に取り組まれたのである。本書は国家地方警察本部の『共産主義運動の実態 —— とくに日本共産党の地下活動について』を収録し、これに詳細な解説を加えたもので、この時代の在日朝鮮人の組織活動の一面を知るうえで見過ごせない書物である。

④崔吉城『植民地朝鮮、映像が語る』(東亜大学東アジア文化研究所)については、かつて本欄でも紹介しているが、そこでは「活字の本は未刊、電子ブックだけの刊行」と書いた。だが実際には活字の本も2018年10月に刊行されていた。植民地のもとで撮影された国策映像(主体は記録映画)が、これほど多く残されていたとは驚くべきことで、これまで研究対象外だった点からも、本書の刊行は意味深いものがある。著者はこれらの映像の内容紹介、撮影の背景などに言及しているが、それらはかつて韓国において刊行した『映像が語る植民地朝鮮』(民俗苑)のリメーク版でもある。当時、国策キャンペーンに映像が広く利用されていたことがよく分かる。今後さらなる解明を期待したい。

⑤許葑/ 梅山秀幸訳『海東野言』(作品社)、『於于野譚』(正続)、『太平閑話、滑稽伝』など、梅山秀幸訳の「朝鮮歴史古典シリーズ」も,今回の全8巻でひとまず完結を迎えた。これら16〜17世紀に書き残され,広く民衆に伝えられた説話、伝承、史書などは、いずれも同時代の世相や風俗、人情の機微を巧みにとらえており、ユーモア,諧謔も豊富で読む者を飽きさせない。朝鮮民族を知るための必読書で、公共図書館の常備図書にぜひ入れてほしい。今回の『海東野言』では、歴代の国王たちの外敵・党争に翻弄される姿が活写されているのが特徴。この8巻を丁寧に読み進めれば、今流行の韓国(人)批判書など、いかに低俗で底の浅いものか、改めて知ることになるだろう。