『長い長い夜(긴긴밤 )』/絵と文・ルリ(루리)

わが家の近所に書店ができて、私は嬉しくてたまらない。
その名も「文学小売店」。詩集や小説などを棚に並べたかわいらしい店で、店主は文学好きの若き男性。書店経営の経験はないと聞き、せっかくできた本屋さんを守らなければと、私は老婆心が働いてしまう。これからは、読みたい本をすべてこの本屋で買うと決めた。ふらりと立ち寄って、店主の勧める本を買い求めるのも楽しみだ。

「最近の僕のお勧めです」と差し出されたのが、この本だった。
表紙には、夕焼けの草原に、体の大きなサイと小さなペンギンがいる。ペンギンは、サイの折れた角に小さな頭をくっつけて、じっと目をつぶっている。
第21回ムナクトンネ子ども文学賞大賞受賞作品だ。

表紙の絵が示唆するように、不思議な物語が始まる。
ゾウの孤児院で育てられたサイのノードン。ゾウとして生きるつもりだったが、ゾウのおばあさんから背中を押されて、サイの仲間を求めて草原に出る。野生のサイと出会って家族ができ、幸せな日々が始まるが、長くは続かない。銃を持った人間に、妻と子を殺されてしまったのだ。密猟者の目的はサイの角だ。
傷ついたノードンを救ったのは、別の人間たち。ノードンは動物園に運ばれて、そこで若いサイと出会う。ノードンは動物園生まれのサイに外界のすばらしさを説き、脱出を試みる。

突然、爆弾が落ちてきて、動物園に火事が起こった。死んでゆく動物たち。動物園を脱出したノードンの足元には、傷ついたペンギンがいた。ひしゃげたバケツには、卵が入っている。雄のペンギンのチークは、群れの中で親のいない卵を見つけて、パートナーである雄ペンギのウィンボと共に卵を交代で温めていたが、爆撃でパートナーは倒れた。
チークは生まれてくる新しい命を守るために、ノードンと共に外の世界に出た。チークが目指すのは、海だ。動物園生まれのチークはまだ海を知らないし、ノードンも海を見たことはない。しかし二人は、ひたすら海を目指して歩き続ける。

p63 ある瞬間からチークは、「ウリ(私たち)」という言葉を使った。ノードンは卵にはなんの関心もなかったが、「ウリ」と呼ばれることは、なんだか気分がよかった。

食べる物にも事欠き、水もない乾燥した大地を、ひたすら海を目指して歩くノードンとチーク。苦しくて眠れない長い長い夜には、互いの体験談を繰り返し語り合う。自分の出会った動物たちのこと。そして彼らの死。自分たちが今生きていることは、決して偶然ではなく、激しい戦いの結果なのだということを確認し合う。
長い夜を共に過ごしたサイとペンギンの間には、種族を越えた連帯感が生まれている。

砂漠で力尽きたチーク。ペンギンの卵を託されて、途方に暮れるノードン。チークに守られてきた卵は孵化して、新しい命が誕生した。
ノードンは、まだ名前のないペンギンに話しかける。

p81 「諦めたりはできない。(死んでいった)彼らのおかげで、生き残ったんじゃないか。彼らの分まで生きなきゃいけないじゃないか。だから力をふりしぼって、死ぬ気で生きなくちゃ」

幼いペンギンは、ノードンが持ってきた草や木の実を食べて成長する。それはペンギンの食べ物ではないけれど、ノードンにできることはそれだけだ。生きるためには何でも食べて、歩き続けるしかないのだ。
ペンギンはなんの武器も持たず、あまりにも弱い。外敵に襲われたとき、陸地で逃げるにも足が遅い。自分を守るためにできることは、たった一つ。臭いフンを自分の周りにまき散らして、相手をひるませることだけだ。

p81 ノードンは、一つの存在が別の存在にしてあげられる、すべてのことをボクにしてくれた。ボクが病気になったり、怖くて眠れない夜には、悪夢を見ないためにと言って、昔話をしてくれた。ボクはノードンの家族、ゾウたち、チークとウィンボの話を聞きながら、夜を耐え忍んだ。ボクが眠ると、ノードンはボクを温かく抱いてくれた。

海を目指すサイとペンギンは、たった二人の仲間だ。
種の保存だとか、親と子だとか、雄雌にも年齢にも関係のない、心のつながり。互いの存在は、生きるための希望だ。

しかし、生物としての特性は異なる。泳ぐことを覚えたペンギンの子は、ノードンと自分の違いを知る。

p94 「オレはサイだ。ペンギンじゃない」
 ボクは水の中で感じたことをノードンに説明できないことが、そしてノードンと自分が違うということが、とても悲しかった。
 「だけどボクには、ノードンしかいないのに」
 「オレだって、そうだ」

姿かたちも、食べ物の好みも、すべてが異なる二人。それなのに、広い世界で頼り合う、唯一の存在。それはまるで、奇跡のようだ。

実はノードンの最終目的は、海に行くことではない。ペンギンの子を海に送り届けたら、ノードンは自分の目的を遂行するつもりだった。自分の家族を奪った憎い人間に復讐すること。 ノードンの体の奥底に宿る、人間に対する強い憎しみ。それを知ったペンギンの子は叫ぶ。
「ノードン、復讐なんてしないで。ボクと一緒に生きて!」
長い長い夜を共に過ごした二人に、やがて別れのときが迫ってくる。

足の不自由なゾウは別のゾウに支えてもらって歩き、片目の見えないペンギンのチークは、相方のウィンボの目を頼りに生きた。そして幼くか弱いペンギンは、体の大きなサイに守られて歩む。
生きることより死ぬことの方が楽な過酷な世の中。それでも、最後まで必死に生きぬこうとする命の輝き。
そうだ。私の命は誰かにつながっている。あなたの命はあなただけのものではない。だれもが、だれかに支えられて、この世を生きているのだ。

子どもだけでなく、大人の胸にも響く物語。
1度目に読んだときには素通りしていた箇所が、2度目には心に引っかかり、3度目にはじわりと響く。そして巻末では、挿絵の一枚一枚から物語をふり返り、もう一度、噛みしめる楽しみもある。すてきな本を紹介してもらった。

本の感想を言おうと書店を訪れると、あらら、けっこうお客さんが来てるのね。近所の人たちが、この小さな本屋さんを見守っている光景を見て、私は幸せな気分だ。

2021年7月 仁川より戸田郁子

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戸田郁子(とだ・いくこ)

韓国在住の作家・翻訳家。仁川の旧日本租界地に建てられた日本式の木造町屋を再生し「仁川官洞ギャラリー」(http://www.gwandong.co.kr/)を開く。「図書出版土香(トヒャン)」を営み、口承されてきた韓国の民謡を伽倻琴演奏用の楽譜として整理した『ソリの道をさがして』シリーズ、写真集『延辺文化大革命』、資料集『モダン仁川』『80年前の修学旅行』など、文化や歴史に関わる本作りを行っている。
朝日新聞GLOBE「ソウルの書店から」コラムの連載は10年目。著書に『中国朝鮮族を生きる 旧満洲の記憶』(岩波書店)、『悩ましくて愛しいハングル』(講談社+α文庫)、『ふだん着のソウル案内』(晶文社)、翻訳書に『黒山』(金薫箸、クオン)『世界最強の囲碁棋士、曺薫鉉の考え方』(アルク)など多数がある。