●本書の概略
本書は、キム・ヨンミン教授による、『論語』をめぐる思索エッセイである。古典テキストを読み直すことで、「人とは何か」「世界にどう関わるのか」「希望はどこに残されているのか」という問いを改めて投げかける一冊だ。
著者は韓国を代表する政治思想家でありながら、「古典に答えが書いてあるわけではない」と明言する。むしろ、読み手がテキストを読みこなすことによって、わずかな光が見えてくる――それが『論語』の本当の力だと語る。
本書では、「失敗」「共同体」「存在」などのテーマを、孔子や弟子たちの言葉を手がかりに、ユーモアを交えて読み解いていく。論語が説く「仁」「礼」「知」といった徳目を、社会が混乱した春秋戦国時代の背景に重ねながら、「未完成な人間としての孔子」の姿を浮かび上がらせる。そして「失敗することを知りつつ、それでも歩み続ける人間の姿」こそが、現代に通じる希望だと描く。
さらに、共同体や政治の場において生じる「沈黙」「再現」「無為」などの概念を丁寧に掘り下げ、「私たちは他者とどう生きるべきか」「何をよりどころにすべきか」を問い直す。著者は最後にこう結論づける。
――「古典は答えではなく問いである。問い続けられる人こそが、生きる可能性を手放さずにいられる」。
つまり本書は、古典を通じて「かろうじて希望を持つための思考法」を示すエッセイでもある。
●目次
1. 沈黙の叫びを聞け
2. 失敗を予感しながら失敗へ前進せよ
3. 揺れ動く世界の静かな中心点で
4. 性急な嫌悪と愛好を超えて
エピローグ
●日本でのアピールポイント
近年日本でも、『論語』『老子』『易経』などの東洋古典を読み直し、現代社会へのヒントを得ようとする動きが高まっている。本書はその流れに合致しつつ、硬さや説教臭さを避けた“やわらかい思索エッセイ”として紹介できる。
文体は知性的でありながら親しみやすく、「堅苦しくないのに深く読める本」として、若い読者からシニア層まで幅広く受け入れられるだろう。日本の類書としては、養老孟司『生きるとは何か』、柄谷行人『哲学の起源』など、「日常と思想をつなぐ教養エッセイ」の系譜に近い。一方で「韓国知識人による古典再解釈」という点は日本ではまだ珍しく、新しい読書体験を提供できる。
また、韓国文化・韓国思想に関心のある読者層、あるいは韓日翻訳に興味を持つ層にとっても、本書は翻訳出版価値の高い一冊となる。特に「人生のあり方を自律的に考えたい読者」にとって、短時間で読み進められる思想エッセイという形式は親和性が高い。
以上の理由から、本書は日本で出版されれば、古典愛好者・知性派読者・韓国文化ファンの三層を同時に惹きつける可能性がある。
(作成:横田 明)

