3冊の“釜山の絵本” 原画展とトークイベント(韓国通信)

釜山をテーマとした絵本の原画展と作者トークイベントが、このコーナーで以前ご紹介した児童書専門店「책과 아이들」で開かれました。『할아버지 집에는 귀신이 산다(おじいさんの家にはおばけがすんでる)』(イ・ヨンア作/クムギョ出版社/2017.5.10)、『막두(マクトゥ)』(チョン・ヒソン作/イヤギコッ/2019.4.8)、『후리소리(フリソリ)』(チョン・ジョンア作/ピョンファルルプムンチェク/2020.1.30)の3冊です。原画展は8月29日まで開催中です。
『おじいさんの―』は江戸時代に対馬から釜山に渡り、病死した日本人の「おばけ」と、朝鮮戦争の避難先の釜山でひとり暮らしをする韓国人のおじいさんが次第に心を通わせていく物語です。舞台はかつて日本人墓地があった釜山市西区峨嵋洞。日本人の引き揚げ後に残された墓石が物語の中で重要な役割を担っています。あたたかいタッチの絵とユーモラスな「おばけ」に、自然と顔がほころぶ作品です。

 

 

 

 

 

 

 

『マクトゥ』は朝鮮戦争の戦火を逃れて釜山に避難する途中、家族とはぐれた少女マクトゥが主人公です。家族とは再会できず、大人たちに交じって懸命に魚市場で働き、やがて家庭を築き、今ではハルモニになったマクトゥ。チャガルチ市場や、当時多くの人が再会を約束した場所「影島大橋」など実在の風景が描かれていて、迫力満点のダイナミックな絵が魅力です。

 

 

 

 

 

 

 

『フリソリ』は釜山の海辺の町・多大浦で1960年代まで行われていたカタクチイワシの地引き網漁が描かれています。主人公のおじさんは、足を負傷し、心も深く傷ついた状態で戦地から戻ってきました。しばらくは戦争の記憶に苦しみ、ふさぎこんでいましたが、地引き網漁の唄(フリソリ)が聞こえてくると海辺に向かい、笑顔を取り戻します。幻想的な絵と独特の色使いが印象的です。

 

 

 

 

 

 

 

いずれも舞台が釜山という点以外にも、戦争や平和にまつわる物語であるという共通点があります。戦争や、孤独で厳しい避難生活、それらを乗り越えてたくましく生きる姿、笑顔を取り戻していく様子などが生き生きと描かれています。3冊とも、重いテーマを扱いながら、明るい未来をも感じさせる絵本です。原画だけでなく下絵なども多数、展示されていて、1冊の絵本ができあがるまでには膨大な時間と手間がかかることを、あらためて実感しました。
作者3人のトークイベントはそれぞれ7月中旬に開かれ、『おじいさんの―』のイ・ヨンアさんの回に参加してきました。釜山の日本人共同墓地はもともと日本人居留区「草梁倭館」に近い伏兵山に1892年に整備されましたが、港の埋め立て用に大量の土砂を山から採取することになり、1907年に西区峨嵋洞に移設されたそうです。その後、1950年の朝鮮戦争勃発により避難民が押し寄せ、釜山の人口は38万人から80万人に膨れ上がります。住む場所を求めて山の斜面に家を建てたり、共同墓地の墓の囲い石や墓石などを活用して家をつくったりする人もいました。ひとの墓の上で暮らすのは申し訳ない気がしたけれど、場所も建材もなかったのでどうしようもなかったと言います。故郷に帰れず異国の地で眠る日本人を気の毒に思い、定期的に祭祀を行う住民が今もいるそうです。イ・ヨンアさんはこの絵本で、そうした住民たちのあたたかい心を描きたかったそうです。人を思いやり共感する気持ちがあれば、戦争のない平和な世界になるのではないかと。
絵本をつくるにあたって何度も峨嵋洞に足を運んだそうで、家の改修工事のため地面を掘っていたら日本のお地蔵さんが出てきたので、きれいに洗って家の前に安置したという話や、雨の日には下駄の音が聞こえるという噂話など、住民たちから聞いたエピソードも紹介してくれました。多くの親子連れが熱心に聞き入っていて、質疑応答の時間には自分の言葉で絵本の感想をしっかり述べる小学生もいました。(文・写真/牧野美加)