●本書の概略
この本は、カカオ主催の第12回ブランチブック出版プロジェクトで応募総数1万500篇余りという競争率を突破し総合部門大賞を受賞した作品『我が家の日本人』をもとに書き下ろされた、新人作家キム・イラムの初のエッセイ本である。日本での会社員生活10年目にランダムチャットで出会った日本人男性との恋愛、結婚、そこから始まる日本での田舎暮らしのなかで遭遇したエピソードを飾らない言葉で鮮やかに描いている作品だ。
日本での仕事に情熱を注ぎそれなりにやりがいもあったが、異国での不当な扱いや人間関係に疲れ果てもう限界だと思っていた矢先、チャットに届いた一通のメッセージ。「お花見行きました?」普段ならやり過ごしたかもしれないメッセージにこの日に限って返事を返したという。彼は、韓国人というフィルターを通して接してくる大多数の日本人とは違い、自身が韓国人だと明かしても「そうなんだ」の一言だけ。一人の人間として向き合ってくれる彼からの猛烈なアタックに、いつしか彼がなくてはならない存在になっていく様子が様々な出来事を通して語られる。
だが甘いエピソードばかりではない。嫁姑バトルや夫の家族とのすれ違いに苦しみ、彼女を心から愛してくれる夫との間にも時に文化の壁が立ちはだかる。しかし二人はそれをまるでゲームのように楽しんで乗り越えていくのだ。両国の野球の試合がある日にはお茶の間で応援合戦を繰り広げ、食卓を挟んで両国間の歴史問題など深い議論をする。夫婦揃ってニンニクを刻むニンニクコミュニティーデイというイベントを作って夫に韓国の味を覚えさせ自身は日本のラーメンの虜になるなど些細なエピソード一つ一つが興味深い。多肉植物はたくさん日光に当ててあげないと、と言った妻の言葉をよく覚えていて毎日植木鉢を移動させてから出勤する夫。愛らしいエピソードも添えられ、読後感も爽やかな作品である。
●目次
プロローグ 一歩二歩
1部
2部
エピローグ 我が家の日本人
●日本でのアピールポイント
他人との関係を築くとはどういうことなのか。時代が変わっても誰しも悩み惑うテーマであることに変わりはない。それがたとえチャットで始まった縁であれ、何がきっかけで繋がった縁であれ、どう育てていくかがむしろ重要なのだということを改めて考えさせられるエッセイだ。彼女は言う。人間関係は拍手のようなものだと。手と手を打ち合わせて初めて音が出るように、お互い努力してこそ成り立つものだと。自身の経験から語る言葉には説得力があり、率直な表現力も相まって心に響くものがある。
最近の韓国ブームや韓国における日本旅行熱も相まって、お互いの国を行き来する人たちは確実に増えていると思われる。更には日本人女性と韓国人男性のケースに限って言うと、2024年の国際結婚件数が前年比40%増で過去最多だったという韓国統計庁のデータもある。こうした状況の中、国が違い育った背景も違う人間同士がお互いを理解し合うにはどうすればよいかということに関心を持つ人も多いのではないだろうか。この作品は、言葉や文化の壁を乗り越えていくのに必要なのはやはり相手を想う気持ち、配慮に尽きるということを実感させてくれるエッセイだ。個人レベルでの交流が盛んになりつつある今、友人知人として、また恋人や配偶者としてどのように向き合えばよいか、そのヒントがちりばめられている。
(作成:田中三十佳)

