この星が気に入った(이 별이 마음에 들어)

原題
이 별이 마음에 들어
著者
キム・ハユル
出版日
2023年12月1日
発行元
カンファムンクルバン
ISBN
9788974331399
ページ数
280
定価
16,500ウォン
分野
長編小説

●本書の概略

「うちの母親、宇宙人だったんだ。今は地球人だけどさ」。物語は2034年、職場の先輩後輩の会話から始まる。実際、そう話すジャンスの母ニナは1978年、ほかの星から韓国に不時着した宇宙人なのだ。その当時、ごく一般的だった縫製工場で働く女性に姿を変え、見たものはなんでも覚えてしまう能力で一瞬にして仕事をマスターしたニナ。効率が何よりも重視され、日光浴で体力を回復する星で育ったニナの目には、感情に振り回され、日に何度も食事を必要とする地球人の暮らしは非効率極まりなく映る。最低限の人権も保障されないような環境で必死に生きる地球人との濃密な2年間で、ニナには存在しなかったはずの怒り、悲しみ、友情……さまざまな感情が芽生え、ついには愛する人を失う痛みまで知ることになる。時を同じくして不当な扱いに耐えるしかなかった労働者たちも立ち上がり、その波は労働運動へと発展する。闘争現場で制圧される寸前、ニナは高所から飛び降り、舞台は2024年へ。姿を消したニナの家で一堂に会するかつての女工たち。決して裕福ではないが、そこにはそれぞれが手に入れた人生と笑顔がある。そして、再び2034年。母は宇宙人だという告白に驚きもせず「……ということは先輩も宇宙人ですか」と質問した後輩は、実は人型AIロボットだ。重いものを軽々と持ち上げ、汗もかかず、明日には今日の記憶がリセットされてしまう後輩と働くジャンス。過去と未来、そして現在という時間軸のなかで、めまぐるしく変化した韓国社会と労働現場の実情に、宇宙人という非日常が絡み合う斬新な作品だ。

●目次

プロローグ
1部 1978年
2部 1979年
3部 2024年
エピローグ

●日本でのアピールポイント

宇宙人という設定から単なるSF小説を想像すると、いい意味で裏切られる作品だ。意図せずとも1970年代の女工を取り巻く過酷な労働環境と劣悪な生活実態、労働闘争までも目撃することになる。初めてその現実を知る読者の視線は、宇宙人ニナと重なる部分があるかもしれない。ナ・フナを始めとした、当時の人気歌手の歌詞が登場するのも興味深い。時代とともに文明は発達し、一見、生活が豊かになったようでも、2034年を生きるニナの息子ジャンスは人間ではない後輩に頭を悩ませ、プラットフォーム労働の理不尽さに憤っている。社会問題とSFというかけ離れた要素がうまく調和され、読み物としての面白さを引き立てている。SFは苦手、社会問題は重いと感じる読者もぜひ読んでほしい。キムチなしには生きられない宇宙人になっていくニナと共に、当時の韓国に不時着して時間旅行をしてみてはいかがだろうか。

(作成:髙橋恵美)

キム・ハユル
1979年生まれ。本作はフィクションであるが、当時の事実をもとに構成された。作品の舞台である清渓川付近を散歩し、ちょうど自身が誕生した時代、そこに生きた労働者に思いを馳せながら書き上げたという。2023年、新世代の文学に贈られる秀林文学賞を受賞した際には「この作品が社会の支えになることを願う。長く生き残って書き続けたい」と本作への思いと執筆への強い意志を表明した。著書にはSFとフェミニズムを融合させたアンソロジー『私たちが先に行ってみます』などがある。作品のオリジナリティが光る注目の作家。