話題の新刊

 2016年も下半期に入りました。『菜食主義者』でブッカー国際賞を受賞したハン・ガンの『흰(白い)』、本HPでもご紹介しました『7년의 밤(7年の夜)』の著者チョン・ユジョンの『종의 기원(種の起源)』など、ここ数か月の間に、話題の作家の新刊が続々と発表されています。今回はそんな話題の新刊の中から、日本でも『美しさが僕をさげすむ』が翻訳出版されている作家ウン・ヒギョンの新刊『중국식 룰렛(中国式ルーレット)』をご紹介します。

「人生を予想外の方向へ導く“偶然”についての物語」

 作家自身がそう紹介するのは、2008年に発表された表題作をはじめ、靴、鞄、本など、身の回りのありふれたものをモチーフとした6つの短編小説が収録された『中国式ルーレット』。複数のモチーフが用いられていますが、作品全体を通して描き出されているものは、幸運と不運が交差する人生、一寸先も見えない人生の中で感じずにはいられない孤独と喪失、恐れの感情。そして、自分の身に起こった偶然のできごとが、人生をどのように変え得るのかを描いた作品です。
 ドイツ映画『Chinesisches Roulette』(1976年,邦題『シナのルーレット』)から引用されたという表題作『中国式ルーレット』は、バーに集まり「王様ゲーム」を繰り広げる4人の男の物語です。銘柄を隠した3種類のウィスキーを客に差し出す不思議なバー。同じ料金に設定された3種類のウィスキーの中から、高価なウィスキーを選ぶか、安物のウィスキーを選ぶかは、個人の運にかかっています。そうして客の運試しをするマスターの前で、男たちは自分の身に起きた幸運、不運を語り始めます。誰がもっとも幸運で、誰がもっとも不運なのか。高価な酒を口にする幸運に恵まれる男と、安物の酒を口にする不運に見舞われる男。病気になったり、お金や愛を失ったり、誰もがそれぞれの不運、不幸を抱えていますが、もしかするとただ「ほんの少し」不幸だっただけ、不運だっただけ、にすぎないのかもしれません。
「ウィスキーは熟成過程で2%ほど蒸発してしまうんです。“天使の分け前”といいますよね。人の運も同じだと思うんです。ほんの少し飛んで行ってしまうだけ」
 穏やかにそう語るウン・ヒギョンが織りなす物語の中では、香り高くまろやかなウィスキーが、彼らの不運と孤独を少しだけ和らげる役割を果たしてくれるようです。
 田舎に暮らす少年二人の皮肉な運命を描いた『代用品』では、他人の不運が自分に幸運をもたらすという衝撃的な物語を通し、私たちの存在が他の誰かの人生を代替する代用品にすぎないのかもしれない、という不安を描く一方で、失われた大切なものを何かで代用することは不可能であるということに気づかせてもくれます。
 それでもウン・ヒギョンは、人生の中で希望がきらりと光る瞬間も見せてくれます。恋人との別れを克服できず、自ら命を絶とうとする女性が主人公の『不連続線』では、飛行機に搭乗した彼女の鞄が、ある男の鞄とすり替わったことをきっかけに、再び彼女の人生に光が差し込む様子を描きます。

「人生は予想のつかないものですが、不幸なだけで終わらせたくはなかったのです」

 彼女はこれまで、一貫して、悲観主義者というスタンスに立っていました。
 「以前は、人生というものはがんじがらめになって汚水に流されるようなものだと考えていました。でも今は、流されるばかりではいけないと思うのです。真っ暗な物語ばかり書いてはいけないような気がしています」
 彼女の小説観を揺るがしたものは、一連の「死」でした。『中国式ルーレット』を執筆していた2008年、小説家パク・キョンリ(大河小説『土地』の著者)の悲報が飛び込んできました。そして『代用品』を執筆していた2014年にはセウォル号事件に直面し、『星の洞窟』を執筆していた昨年は、彼女自身が不整脈の治療を受けるという事態に陥りました。そのような経験から、作家としての在り方について自問し、人生に対するスタンスが少し柔軟になったといいます。
 そして昨年12月、初めてのお孫さんが誕生しました。「作家として、想像の枠がさらに広がったようだ」と話すウン・ヒギョン。これまでの彼女の作品に触れてきた読者も、これから触れてみようという読者も、今後の作品に表れる色合いの変化が、ますます楽しみになりそうです。

中国式ルーレット