日本で国文学を教えています(일본에서 국문학을 가르칩니다)

原題
일본에서 국문학을 가르칩니다
著者
コ・ヨンラン
出版日
2025年10月27日
発行元
チョンウンムンゴ
ISBN
9791185153742
ページ数
264
定価
17,000ウォン
分野
エッセイ

●本書の概略

スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授によると、「キャリアの8割は偶然の出来事で決まる」そうだ。本書の著者が、日本語を学び始めたのも、「韓国人にとって習得しやすい言語」と聞いたことから始まり、その後、佐賀での短期ホームステイ、東京での交換留学生生活へとつながっていったのも、偶然の選択の連続だ。しかし、日本文学の研究者を志してから教授になるまでの道のりは、決して平坦ではなかった。
本書は、日本文学の教授として日本大学で教鞭を執る著者が、これまでの歩みや日本社会・文化について記した一冊だ。著者が初めて日本の地を踏んだ1992年は、バブル経済崩壊の影響を受け、雇用環境が急変した時期。著者は、外国籍の日本文学研究者として、「失われた30年」の日本社会を見つめ続けてきた。その眼差しの先にあるのは、日本統治時代の作家・張赫宙(チャン・ヒョクジュ)、母語でない日本語で書いた作品で芥川賞を受賞した楊逸など、作家たちの姿・作品はもちろん、缶コーヒー「ジョージア」のCMに映し出された日本経済の軌跡、夫婦別姓問題、ヘイトスピーチ、日本語の難しさ、など幅広い。日本に暮らす者にとって既知のトピックも、文学研究者で、異なる文化をバックグラウンドに持つ著者のフィルターを通して見つめ直すと新鮮だ。
来日から長年にわたり圧倒的な推進力で道を切り拓いてきた著者だが、2019年の訪米中に脳下垂体腫瘍が見つかり、日本で手術を受けている。この体験がきっかけとなって、これまでの生活を振り返り、執筆したのが本書だ。「大切なのは、心が折れても続ける気持ち」だという著者は、再び研究室で書籍に囲まれながら、好きなテーマを研究する幸せを味わっている。

●目次

はじめに
1章 初めて訪れる世界、日本で教授になるまで
2章 日本での生活は外国人にとって安全ですか?
3章 言語をめぐる差別
4章 ニューカマーと共存する社会
参考文献

●日本でのアピールポイント

韓国の読者に向けて書かれている本書だが、その内容は日本社会に暮らす者にとっても新鮮だ。たとえば、日本では結婚によって多くの女性が夫の苗字に変えるが、韓国人にとっての苗字とは、自分のルーツであり、家族関係を表すものだ、と著者は言う。選択的夫婦別姓の問題の根幹にも関わる視点だと、あらためて気づかされる。
日本で「多文化共生」という言葉が使われはじめたのは、著者が来日した頃とほぼ同時期だ。「ダイバーシティ」、「多様性の受容」など、さまざまな言葉が使われてきたものの、30年以上経った現在も、社会からは差別や無意識の偏見が消えていない。著者が、「日本で国文学を教えています」と伝えると、必ず「韓国文学ですか?」と聞かれるそうだ。さらに、「いえ、日本文学を教えています」と答えると、「外国人が日本文学を? 英語で教えるのですか? 在米韓国人ですか?」と矢継ぎ早に質問が投げかけられるそうだ。これも無意識の偏見と言えそうだ。
偏見が生まれる理由を理解するのも、それを取り除くのも言葉の力。著者が言葉の力に置く信頼は大きい。温又柔氏の小説『真ん中の子どもたち』(集英社)で、台湾人の母親を持つ主人公が、台湾語と中国語のはざまで、心に傷を受けながらも、自分にとっての母語とは何かを模索していく過程を取り上げ、「言葉によって受けた傷は、言葉によって癒される」と言う。
著者自身も、日本語を習得するために、1990年代後半から2000年代半ばまで、あえて韓国に帰国をしなかった時期がある。すると、韓国語の発音がおかしくなってしまったそうだ。現在も韓国に帰国すると、「在日韓国人」と間違えられることがある。それを著者は、「日本語が染みついた韓国語と、韓国語が染みついた日本語の間を行ったり来たりしている」と言う。
本書は、在日韓国・朝鮮人の歴史や差別の問題についても丁寧に拾い上げる。そのなかで、著者は『わたしもじだいのいちぶです 川崎桜本・ハルモニたちがつづった生活史』(日本評論社)を紹介する。文字を学ぶ機会のなかった1920年代生まれの韓国・朝鮮の女性たちが、識字教室に通い始め、ようやく文字に綴ることができた、ハルモニたちのさまざまな思いがまとめられた一冊だ。時代に翻弄されてきた女性たちの歴史を表したタイトルだが、本書の著者も日本社会のニューカマーとして、まさに「時代の一部」を生きている。
人口減少社会に突入した日本は、海外から来た人たちとうまく共生していかない時代を迎えている。アメリカ出身の詩人アーサー・ビナードや、台湾出身の芥川賞受賞作家・李琴峰のように、「移動するアイデンティティ」を持つ執筆者であるコ・ヨンラン(高榮蘭)氏の本書も、外からの視点を与えてくれる一冊として、広く読まれることを望む。
韓国語など、外国語の学習者にとっても、興味深い示唆が多い。

(作成:バーチ美和)

高 榮蘭(コ・ヨンラン)
1968年韓国・全羅南道光州市で生まれ、大学卒業まで光州市で過ごす。外国語を一つくらいはマスターしようと日本語日本文学科を志望。大学3年の夏休みに、ソウルの日本語学校で、光州での体験とは異なる日本文化に触れ、慶熙大学校大学院に進学。1994年「日本での生活を一年間満喫してみよう」という軽い気持ちで交換留学生として来日。現在は日本大学国文学科の教授として教鞭を執っている。 主な著書に『「戦後」というイデオロギー―歴史/記憶/文化』(藤原書店、2010年)、『不良な本たちの文化史』(青い歴史社、本邦未訳、2025年)、『出版帝国の戦争 不逞なものたちの文化史』(法政大学出版局、2024年)、共著に『検閲の帝国 文化の統制と再生産』(新曜社、2014年)などがある。