●本書の概略
2007年に詩人としてデビューしたイ・ドンウク待望の小説家デビュー作。
大切なものをうしなった後も人生は続く。老いた殺し屋は自分の残酷さや孤独をありのままに受け入れながら、絶望を新たな感覚に変えて生きる。絶望や喪失を楽しみに替えながら向き合う方法を斬新なメタフォーで描く。
表題作「狐火」
「今夜は絶望の純度について考えてみよう。これは蒸留水のようにきれいな時間の記録だ。その中で私は水滴みたいに丸くなる」
視力の衰えた私=殺し屋が最後に請負ったのは、メンターのLを殺す仕事だった。それは引退の条件でもある。視力が衰えて一度失敗している。Lは殺し屋の心構えをアドバイスしてくれた。希望を持って人並みに楽しむ、体力、特に呼吸を整える、孤独を信じない、この3つだ。Lはオーロラを見るのが夢だった。まとまった金が入り次第、私も北極に行ってオーロラを見よう。これといった目的があるわけではない。北極ではオーロラを狐火ということをLは知っていたのだろうか。Lの家に行ってみた。人気のない部屋の壁がこらえていた呼吸をするのを感じた。私の彼女は、愛とは互いの呼吸を鑑定することだという。
この他にも、鍵屋、トランペット奏者、ドライバーなどの職人を通して、大切なものをうしなった後の人生を生きる様子を描いた、全8編の短編が収録されている。過ぎ去ったことに執着せず、失ったものを取り戻そうとするわけでもなく、自分を叱責することもなく流れに身を任せて、喪失や絶望にとって代わる新たな生き方と出会う過程を職人の姿を通して描く。
●目次
狐火(表題作)
マイ・ファニー・バレンタイン
アップルシード
ロッカールーム
夜間飛行
ドライブ・ミー
アーケイド
プリマドンナ
作者あとがき
●日本でのアピールポイント
プロの殺し屋という異色の主人公を通して、大切なものを失った後も生きていく方法を描く。それは愛する人だったり、自分ののぞみだったり……。喪失感のために絶望してもただでは起き上がらない。絶望から際限なく芽生える新たな感情や感覚。職人にはそれぞれこだわりの技がある。絶望を楽しめるようになる力こそ人生の裏ワザであることを、職人を通して伝授する。ストーリーも時間軸ではなく意識の流れに従って展開されていく。今後の作品も大いに期待したい。
作成:申樹浩