●本書の概略
2001年1月26日、新大久保駅で線路に落ちた酔客を救おうとして亡くなったイ・スヒョン(李秀賢)。事故当時の詳細と、愛情豊かに育てられた勇気ある韓国人青年の短い生涯の記録。
釜山の自宅で就寝中だったスヒョンの両親は夜中に日本語学校の釜山事務所から事故の知らせを受けた。翌日渡日し新宿警察署で息子の遺体と対面、夫婦は抱き合って慟哭した。葬儀・告別式が学校本館で行われ、多くの市民や日本政府要人も参列した。
スヒョンは1974年、蔚山で生まれ、正義感と誠実さを重んじる方針のもとで育った。学業やスポーツに全力で取り組み音楽にも打ち込んだ。名門・高麗大学に進学後、軍務を経て復学。授業での日本研究を通して日韓の架け橋になることを志し留学を決意。
1999年11月に来日し、日本語学校で学びアルバイトにも励んだ。日本人の公衆道徳について感銘を受け自らも実践した。友人たちと富士登山を成し遂げた後、交通事故に遭った。この時の差別対応やケガに苦しむが両親には知らせず耐えた。2ヶ月後、腕を上げられない状態だったにもかかわらずホームに落ちた人を助けようとして命を落とした。両親は息子の遺志を継ぎ奨学基金を設立し、多くの留学生を支援している。
●目次
1章 2001年1月の陽射し
2章 よりによってなぜ日本なの
3章 海の男
4章 僕の名前は「ギブソン71」
5章 裸になってドボン!
6章 僕の最高の宝物は
7章 祖父、父、そして息子
8章 若いということは後悔しないこと
9章 東京新大久保のセーター
10章 2021年1月の陽射し
イ・スヒョン年譜
スヒョンの二十周忌を偲んで
ご支援くださった方々
写真で見るイ・スヒョンの人生
●日本でのアピールポイント
本書は1年間の取材を経て、事故から二十周忌にあたる2021年に出版された、韓国で初めてこの事故を扱った書籍である。日本で事故直後に刊行された『息子よ!韓日に架ける「命の橋」』(シン・ユンチャン2001年 潮出版)は母親の視点から息子を語り、『あなたを忘れない』(カン・ヒボン2001年 早稲田出版)は在日韓国人二世の作家が取材と主観を交えて描いた作品であった。本著は、丁寧に取材された豊富なエピソードが淡々と綴られ、その静かな筆致がかえって胸に迫る。第1章では事故の過酷さと両親の悲嘆が描かれ、前途有望な青年が命を落とした無念さに身もだえする思いを抱かせる。スヒョン君の死は無駄だったのではないか、とさえ考えてしまう。
しかし第2章以降、誕生から事故の日までの彼の歩みを追うにつれ、その見方は変わってくる。明るく前向きで、誠実で正義感にあふれ、誰からも愛された青年。自らの危険を顧みず、瞬時に他人を助ける決断が出来た人物像が浮かび上がる。息子をどう育て親としてどう振舞えば、これほど立派な青年に成長するのかが、自然と理解できる。
事故から25年が過ぎ、韓国のコンテンツが日本のみならず世界中で高い人気を得ている今、本著は故人を偲ぶと同時に、韓国の家庭教育についても関心を持つきっかけとなるだろう。
(作成:櫻井美穂)

