●本書の概略
著者が、考えるだけでもうれしくなってしまうものを詰め込んだエッセイ、『とにかく』シリーズの1冊。タイトルの通り、方言にまつわる14のエピソードから構成される。
著者のタドゥレギは、生まれは朝鮮半島南東部の釜山、大学は南西部の順天、その後、より西に位置する光州に居を構えており、自身の話す言葉を釜山と光州の境にある「花開市場」の言葉だと称する。地元ではスリッパを意味する単語を大学の食堂で叫んだところ、その地方ではそれは卑猥な意味であったために恥をかいた話、コールセンターの同僚が、地方とは言えある程度大きな都市の出身であるために、自分が方言を話していることに気がつかず苦労している様子についての話、自分たちより強い釜山方言を話す母を、子どものころは姉とともにからかっていたが、母に方言でかけられた労りの言葉は、最後の言葉として自分の中に残っているという話などを通じて、人生に笑いや深い思索をもたらしてくれた方言を、著者が愛おしく思っていることが伝わってくる。エピローグでは、漫画家が本業である著者自身のイラストで、根深い地域対立によって長年試合の度に激しく衝突していた釜山と光州の野球チームのそれぞれのファンたちが、今は憎まれ口をたたきながらもともに観戦を楽しむ様子が描かれている。耳を傾ければどこの地域の出身であってもたくさんの話ができる、だから私は「そのひと自身の言葉」が好きだと著者は結ぶ。
●目次
話をつくる人
あんた、どこの出身?
タブーを壊すひと言
ラプソディー・イン・コールセンター1:満点コールの秘訣
ラプソディー・イン・コールセンター2:Kの事情
お母さんの最後の言葉
日本語由来の「オチャッ(茶)・ムル(水)」
姉しかいないので
納得できない、方言についての議論
ソウルのひとたちはこれをどうやって読むんですか?
思い切り真心を込めて
流暢に、味わい深く
話す通りに
エピローグ
●日本でのアピールポイント
日韓問わず、方言を持つ人たちにとっては自身の経験に置き換えられる、持たない人たちにとっては「方言の世界」を見せてくれる作品である。また、地理的に日本との関係が深い釜山には、他の地域以上に植民地統治時代の言葉が残っているという話は悲しい歴史を想起させるが、改めて日韓の近さを実感させるエピソードである。複数の地方都市への居住経験を持つ著者による方言同士の対比は、標準語と方言を対比するシンプルな分析よりも奥が深い。
(作成:飯田浩子)