スマイル(스마일)

原題
스마일
著者
キム・ジュンヒョク
出版日
2022年4月20日
発行元
文学と知性社
ISBN
9788932040004
ページ数
208ページ
定価
14,000ウォン
分野
小説

●本書の概略

『楽器たちの図書館』『ゾンビたち』の2作が既に邦訳出版されている、独創的なアイデアとポップな感覚が持ち味の人気作家キム・ジュンヒョクの新作短編集。
麻薬の運び屋が主人公のハードボイルドな表題作「スマイル」をはじめ、小型飛行機の墜落により漂着したのは全体がプラスチックの島だった「暇つぶしにアルバトロス」、左利きの人間しか存在しない部族の島へ彼らの秘密を調査しに行く「左」、自動運転車に搭載された人工知能がハッキングされる「チャオ」、2019年沈薫文学賞大賞を受賞した「休暇中の死体」の5作が収められている。
共通点は「死人」の登場
全ての物語は狭い空間や閉ざされた世界で起こる。飛行機や車、未接触部族の島で、わずか数名の登場人物の会話によって綴られるのは、突飛で奇抜な非現実の世界、読者とはまるで無関係の小さな世界だ。ところが「死人」の登場によって物語は現実世界とリンクし、読者の世界に入り込んでくる。ストーリー中の「第三者の死」は、私たちが日々接している、今日もどこかで誰かに起こっている事件を連想させるからだ。小説中の主人公たちは、他人の死に遭遇したことで自分が今生きていることを自覚し、どう生きるべきかを考え始める。

●あらすじ「休暇中の死体」

「俺はもうすぐ死ぬ」と書いた大きなステッカーが貼られた改造バスで放浪生活をするジュオン氏(仮名)に、フリーランスの記者が取材を申し入れる。バスに同乗し、長期に渡って取材を続けていた記者は、ある晩、暗闇の中で一心不乱に自分の頬を叩いて自傷するジュオン氏を目撃する。「逃げてるんですよ。私はずっとバスで昔のことだけを思いながら生きるんです」。スクールバスの運転手だった彼は昔、送迎中に事故を起こしていた。逃れることのできない自責の念に苛まれる彼はバスに閉じこもり、時に虚ろな目でシェイクスピアの悲劇の台詞を唱え、自分はもう死ぬのだと言いながら苦悩の日々を生きていた。記者が同乗してから2月後、「ここまでです。私は死んだのです」と記者を降ろし、ジュオン氏のバスは走り去る。バスの行方はわからなかった。彼は死んだのだろうか。記者は自分の頬を叩いてみた。それは痛みとは呼べない、かすかな痛さだった。

●目次

スマイル
暇つぶしにアルバトロス

チャオ
休暇中の死体
作者あとがき

●日本でのアピールポイント

本作のタイトルを『スマイル』にした理由について作者は、「この小説の主人公たちは皆、苦しい状況に置かれているが、どの主人公も笑顔を見せるときがある。苦しみの奥底にもスマイルはあるのだということを伝えたかったからだ」と語っている。舞台を「狭い空間」にして書き始めたのはコロナ前のことだったのだそうだが、コロナ禍で行動を制限された世界の姿と重ねて読め、臨場感がある。「死」というテーマはシリアスだが、作者の魅力である奇想天外な発想とユーモア、軽快な文章でテンポよく読め、伏線の回収も鮮やかだ。行間が広く独創的なので、想像力を働かせて読むSFやミステリー小説が好きな人へ是非おすすめしたい一冊だ。

(作成 高上由賀)

キム・ジュンヒョク
ウェブデザイナー、雑誌記者などを経て2000年に「ペンギンニュース」で作家デビュー。創作以外にもインターネット文学放送番組の司会や新聞コラムなど多彩な活動を繰り広げる。東仁文学賞、若い作家賞など、数々の文学賞を受賞。邦訳作品に『楽器たちの図書館』(波田野節子、吉原育子訳/クオン/2011年)、『ゾンビたち』(小西直子訳/論創社/2017年)がある。