●本書の概略
「ジャーナリズムの役割は、国家に対しては合理的市民社会を代弁し、市民社会には真実を伝えることだと考えます」
大統領候補や大物政治家を相手に見せるしたたかなインタビューやアンカー・ブリーフィングなどで、視聴者から圧倒的な支持を得たJTBCの「ニュースルーム」。そのアンカーとして第一線で活躍してきた著者は、報道の最前線で何を考え、激動の時代をどう見つめたのか。
番組降板後に書かれた本書では、現場での苦悩や決断の記録とともに、自身のジャーナリズム論がエッセイの形で展開される。
第1部では、「アジェンダ・キーピング(継続的報道)」に該当する事件を中心に、報道までの過程と著者の考えを述べている。セウォル号惨事の現地リポート、現職大統領弾劾への決定的証拠となったチェ・スンシルのタブレット入手過程、#MeToo報道でのジレンマなどが、映画のシーンのように綴られる。第2部では、著者のジャーナリズム哲学が具体的に提示される。レガシーメディアとデジタルメディア、単独スクープ競争、ジャーナリズムと政治など、報道の核心ともいえる諸問題についての見解や苦衷が個人的体験を通して語られる。
●目次
はじめに
第1部 アジェンダ・キーピングを考える
1 序章:「2012年Sグループ労使戦略」
2 その船、セウォル号
3 タブレットPCが引き金となって開いたパンドラの箱
4 大統領選挙は花火ではない
5 避けて通れない#MeToo
6 私たちはピョンヤンに行かなかった
第2部 ジャーナリズムはどうあるべきか
1 公営放送から総合編成チャンネルへ
2 ジャーナリズムから運動へ?
3 レガシーからデジタルへ
4 コーナーをまわると新しいジャーナリズムが見える
5 ジャーナリズムのより善き仕組みを目指して
エピローグ
●日本でのアピールポイント
21世紀の韓国で最も影響力を持つジャーナリストとなったソン・ソッキ。本書で彼は、議題を設定する「アジェンダ・セッティング」と共に、継続的報道を行う「アジェンダ・キーピング」の重要性を一貫して主張する。移り気な大衆に迎合するだけにとどまらない報道姿勢は、世の東西を問わず必要とされるだろう。
「ニュースルーム」の最後に設けられた「アンカー・ブリーフィング」は、アンカーによるエディトリアルコーナーだ。韓国では初めての試みで、視聴者の思考整理に役立っただけでなく、様々な局面で世論を喚起した。同様のスタイルをもつニュースキャスターといえば、日本では1993年から2006年までNHK「クローズアップ現代」の進行を務めた国谷裕子氏がいる。氏の『キャスターという仕事』 (岩波新書、2017)は類書と言えるだろう。
一方、情報のデジタル化は既存のメディアのあり方を問う。客観的事実よりも、感情や個人の信念など自分にとって都合のいい「事実」の声が大きくなるポスト・トゥルース問題は世界共通の課題だ。本書では、番組にファクトチェックコーナーを設けた過程や、担当記者の苦労も丁寧に綴られている。
著者が目撃した「場面」と報道の裏側は十分に興味深い内容であるが、自制の効いた文章は刺激を求める読者にはやや物足りないかもしれない。しかしそれ自体が彼のジャーナリズムの原則「事実・公正・バランス・品位」を体現しているともいえよう。
民主主義の根幹を揺るがす事件が続き、「忖度」ということばが広く普及した現在の日本において、本書は記者をはじめとする報道関係者やジャーナリスト志望の人々が、一度は目を通すべき必読書といえよう。また、メディアリテラシーの重要性が高まる中、本書は一般の人々にも、情報との向き合い方を再考させる一冊となることは間違いない。
(作成:柳美佐)