●本書の概略
12年前、6歳だったユ・ウォン(女)はマンションの火事から劇的に生き残った。一緒にいた姉は布団にくるんだウォンを11階のベランダから落とし、息絶えた。地上でウォンを受け止めたおじさんはその衝撃でケガをし、障害者となった。人々はウォンを「奇跡の象徴」と呼び、おじさんは一躍「ヒーロー」になった。
高校生になったウォンには、事故のトラウマに加え、先立った姉と自分を助けたおじさんに対する「引け目」があった。姉の命日に集まった人々が姉との思い出を語り、自分の顔に姉の面影を見ていると感じるたびに、自分より姉が生き残るべきだったのではないかと思ってしまう。また、なにかにつけて金を借りにくるおじさんを負担に思いながらも拒絶できない両親を見るのも嫌だった。
どこへ行っても自分を知らない人はいない環境もプレッシャーとなった。ネットの記事は今でもそのまま残っており、「お姉さんの分まで2倍幸せになってね」という善意の言葉は重荷となった。普通の子供でいることを許さない周囲の視線にも疲弊した。優しく接してくれるクラスメイトはいても、本当の友達は作れなかった。
12年前の事故から抜け出せずにいるウォンは、ある日偶然、屋上で同じ学年のスヒョン(女)と出会う。スヒョンは自分の感情を自由に表現し、勉強よりもデモやボランティア活動に積極的に取り組んでいた。ウォンは自分とまったく異なるスヒョンに惹かれるが、スヒョンもろくでなしの父親が一躍ヒーローになったことに端を発する傷を抱えていた。スヒョンが父親と再会する場面を目撃したウォンは、スヒョンの堂々とした振る舞いに肝を抜かれる。
その後ウォンは、ドキュメンタリー番組への出演を強いるおじさんの要求をきっぱりと断り、「おじさんが重くて耐えきれません」と、命の恩人であるおじさんの前で初めて「自分」の声を出す。
●目次
命日と誕生日
然るべき罪悪感
高いところに立つには
作者あとがき
●日本でのアピールポイント
嫌悪感、罪悪感、憐憫、執着、孤独、葛藤……。こういった感情が激しくぶつかり合い、今にも破裂しそうな「18歳」。矛盾だらけの18歳が自分と折り合いをつけながらしなやかに成長・回復していく姿を見事に描いており、爽やかな読後感を与える。しかし同時に、災害・事故の生存者や犯罪被害者の終わらない苦痛と「忘れられる権利」に鈍感なまま、あまりに無邪気な視線を向けてきた善良な市民(自分自身)の残酷さを振り返らずにはいられない。
精神科医で作家のチョン・ヘシンはこの作品を『日常のトラウマを通過中の私のそばの数多くの「私」たちに新しい細胞を再生させる治癒の小説』と評した。YA小説だが、青少年だけでなく、かつて青少年だった大人が読んでも泣ける。
作成:生田美保