●本書の概略
一度も北朝鮮に行ったことのない韓国の方言学者と、平壌での幼いころの記憶しかない北朝鮮専門の経済学者が、バーチャルな平壌滞在記を書きあげた。情報源としたのは、教科書や雑誌、放送記事、アプリといった膨大な資料や聞き書きなどだ。本書には、半年間の平壌滞在中に「文化語」(北朝鮮の標準語を指す。ソウル語を基調とした「標準語」と区別される。)研究を進める韓国の学者家族と、彼らを迎え入れる平壌在住の家族が登場する。くらしにまつわる20の文化語レッスンが始まる。と、同時に文化語と平壌のくらしを経験する私たちの平壌滞在記でもある。
●目次
プロローグ
レッスン1食事の時間:ことばが通じれば味も深まる
レッスン2台所の風景:ことばは簡単に片づけられない
レッスン3交通手段:ことばは道沿いに往来する
レッスン4衣服:白い色が染まりやすいようにことばも染まる
レッスン5食べ物:この地でみなが食べきれないほどになれば
レッスン6学習:マイナスではなくプラスでいこう
レッスン7技術用語:ハードウェアとソフトウェアで解決しよう
レッスン8方言:「変わらないで、この地のことばよ」
レッスン9放送用語:「チャンネル」を作り、変えていく
レッスン10 洗濯と美容:ことばも時にはドライクリーニングを
レッスン11呼び名:北では「トンム」だらけ、南では「オッパ」に変わり
レッスン12頭音法則:イ氏とリ氏が出会えば「ヨリ」と「リョリ」どっちを食べる
レッスン13辞典と合成語:辞典は世代を分け、サイシオッは南北を分ける
レッスン14毒舌とスローガン:でも日常は穏やかで清らかだ
レッスン15スラング:くらしになじむとはじめて見えてくる
レッスン16リーダーのことば:私たちのことばの未来が占える
レッスン17スポーツ:片方だけ応援してはならないという悩み
レッスン18 昔のことば:同じことばで話す南北歴史ドラマの登場人物たち
レッスン19ことば:ことばはしみのように消せるものではない
レッスン20旅と国境:釜山発ロンドン行電車を夢見て
エピローグ
●日本でのアピールポイント
本書には、今話題のドラマ『愛の不時着』に登場する停電時の列車待機のシーンなどが出てくる。韓国では見られない状況だ。しかしことばの上で北と南は、文化語と標準語という違いこそあれ、基本的にはその根はひとつだ。だから「統一」を云々する前に、興味本位な偏見や先入観(特に南の人々による)をなくし、異なる地の人々どうしが自然に交流をもつことが先だ、と著者は強調する。確かに、最初はぎこちなかった南北の子どもたちが親しくなる様子を見ると、若い世代が頼もしく思える。期待を込めて、防弾少年団の“팔도강산”が、本書の趣旨を表わす曲として紹介されるくだりも印象的だ。著者の思いと、北朝鮮のもうひとつの素顔を知ることができる一冊である。
作成:前田田鶴子