『百の影』(ファン・ジョンウン著)

原題
백의 그림자
出版日
2010年6月25日
発行元
民音社(민음사)
ISBN-13
9788937488542
頁数
196
判型
A5

誰でもない』(斎藤真理子訳 晶文社)、『野蛮なアリスさん』(斎藤真理子訳 河出書房新社)が刊行され、日本でも注目を浴びつつある作家ファン・ジョンウン。最初の短編集『7時32分 象列車』で、現実と幻想をつなぐかのような個性的な表現方法が多くの人の心を捉え「ファン・ジョンウン シンドローム」を巻き起こしました。そして2010年に最初の長編小説『百の影』(韓国日報文学賞受賞)が発表されると、その独特の文体から「ファン・ジョンウンの風」「ファン・ジョンウン スタイル」という流行語が生み出されるほど、韓国文学史においていまだかつてない存在感のある作家となっています。「現在、最も期待される作家」ファン・ジョンウンの『百の影』を紹介します。

●概略 

都会の中心に位置する築40年の電子機器専門ビルで働く二人の男女、ウンギョとムジェの物語。再開発でビルが撤去されるとの一方的な知らせが入る。ここで働き、生計を立ててきた彼らを取り巻く環境はとても厳しい。5棟あるビルのうち、1つ目のビルが撤去されると、残りのビルに残る商人たちは、すでに「存在しない人」のように扱われる。力のない者たちに向かう強大な暴力。私たちが暮らすこの世界は、果たして生きるに値する場所なのだろうか? なぜこのささやかな場所さえも奪われなくてはならないのか? この非情な世界で生きていく人々のありのままの姿をウンギョとムジェの目を通して、いっけん寓話的とも思える独特の表現スタイルで描いている。

●各章のあらすじ

勤め先の行事でハイキングに出かけたウンギョとムジェは、森の中で同僚たちとはぐれる中、影法師を見かけて思わずついていきそうになる。

つむじとつむじとつむじじゃないもの

森から帰り、影法師について考え続けるウンギョン。ウンギョンが手伝っている修理屋のヨさんも自身の影法師との出会いについて話してくれる。

口を食べる口

修理室にたまにやってくるユゴンさんと飲みに行ったウンギョンとムジェは、そこでユゴンさんが子どものころに出会った影法師の話を聞くことになる。

停電

修理室の入っている電子機器ビルの立ち退きの知らせが入る。ある停電の夜にムジェから電話がかかってくる。子どものころの話をするムジェと、電球を売る小さな店オムサについて話すウンギョン。

オムサ

ある日ウンギョンはオムサを訪ねるが、店は閉まっていた。寡黙で誠実な仕事ぶりで知られるオムサのおじいさんが亡くなったのだろうと思ったが、秋口になって移転していたことを知る。冬に向かう頃、電機ビルの5つの建物のうちの1つが撤去された。その過程で再びオムサは消えた。

恒星とマトリョーシカ

自分の影に足をひっかけてつまずいた日のことを話すムジェ。影法師は夜通し何かをささやいていたという。ムジェの家を訪れることになったウンギョンは、そこでマトリョーシカを目にする。マトリョーシカの中にはいつまでもマトリョーシカがいるだけで最後には何もないのだと、その虚しさは人が生きていくのにどこか似ているとムジェは語る。

お腹のあったまるものを食べに行こうと、フェリーで島に向かった二人。貝鍋を食べて寺を訪れ、そろそろ帰ろうとするともう日が暮れていた。船の渡し場に向かう途中で車がエンストを起こしてしまう。車を残して真っ暗な平原を背に歩き出すウンギョとムジェ。振り返るとそこには影が揺らいでいた。

 

試訳

今思えば、いったいどうやって商売してたんだろうと思うくらい口下手で、いろいろと不器用な人だったのに、いっしょに座って腸詰を食べていても、誰か通り過ぎるとさっと立ち上がって、何かお探しですか、何がお入りですかと話しかけてたんですよね。幼心にも、僕はこんなふうに通りすがりの人に声をかけて客引きしてる親父を見るのがいたたまれなかったし、みんなが、親父の言葉に耳も貸さずに通り過ぎていくのも嫌でときどき泣いたんですよ。理由も言わずに泣いてるから、いったいどういうわけだと叱られたりもしたんだけど、僕はただ悔しかっただけで。そんな胸の内も知らずに叱るからよけいに悔しくなってもっと泣いて、もっと叱られてるうちに、親父がそれ以上何も言わずに僕から顔を背けるんです。そうなってしまうと僕はもう泣くことができなくなって、親父の隣にただ立ってるしかなくて。亡くなってからもうずいぶん経ってるから、こういう記憶はもう薄れてもよさそうなのに、全然そうじゃなくて、僕はこの辺りをそういった心情抜きには考えられないのに、スラムだなんていうのを聞いて何かやりきれなくて。どうせならいっそのこと貧しいって言えばいいのに、スラムと呼ぶのはふさわしくないような気がして、こんなことを思ったわけです。

と、ムジェさんが言った。

いつかは見放されるしかない地域なわけで、誰かがここで生計をたてて暮らしてるなんて言い出したら話が複雑になりすぎるから、スラム、と簡単に一言で片付けてしまうんじゃないかって。

そうなんでしょうか。

スラム、って。スラム。スラム。スラム。スラム。

変でしょう。

確かに変かもしれない。

少し怖い気もするし、と言った後は、しばらくの間話さなかった。(p114-115)

●日本でのアピールポイント

著者自ら、本作品『百の影』を文学的ターニングポイントとして挙げており、ファン・ジョンウンならではの現実と幻想を絶妙につないだ世界に、政治社会的な意味を吹き込むことに成功した作品でもある。

権力、格差、差別、いじめ、排除、対立、さまざまな暴力のあふれる現代社会の中で絶望や無力感を感じ、現実的にも目の前の危機にさらされている人々が、自らの影法師にあてどなく引っ張られていってしまいそうになる。そんなどこかありそうで、なさそうな、けれど確実に続いていくささやかな日々の重なりには、国を問わず、今の時代を生きるわたしたちの心を俯瞰させずにはおけない。思わず見過ごされてしまいそうな、人々の取るに足らない瞬間を、端正で静謐な文章でゆるやかに綴った『百の影』は、今、社会の片隅で、あれ? 何か違うな、と思い、傷つきながらも、懸命に日々を生きるすべての人の心に届いてほしい苦くて温かい物語である。

 

著者:ファン・ジョンウン(황정은)
1976年、ソウル生まれ。2005年に京郷新聞の新春文芸で登壇。2010年『百の影』で韓国日報文学賞、2012年『パ氏の入門』で申東曄創作賞を受賞、2014年短編「誰が」(『誰でもない』に収載)で第15回李孝石文学賞、2015年『続けてみます』で第23回大山文学賞など、数々の文学賞を受賞し、作品を発表するごとに文壇の注目を浴びてきた。著作として、長編小説に『百の影』(2010)、『野蛮なアリス』(2013)、『続けてみます』(2014)、短編集に『7時32分 象列車』(2008)、『パ氏の入門』(2012)、『誰でもない』(2016)がある。