本書の概略
裁判官をつとめるかたわら文壇デビュー、現在は防衛事業庁に勤務という多彩な経歴をもつチョン・ジェミン作家による初の書き下ろしエッセイ集。約10年にわたり法壇から見てきたさまざまな出来事や自身の思いを、裁判官を辞した今、読者に打ち明ける。
著者はさまざまな刑事事件の事例から量刑問題に言及したかと思うと、韓国社会に広がる魔女狩りや道徳主義文化を指摘しつつ、人間として考えるべき問題を読者に投げかける。読者は被害者や被告人、裁判官といった立場を越えて「人間」に対して悩み、我々の社会が具現すべき正義とはいったい何か、著者と一緒に悩み思いをめぐらせる。
裁判官としてはもちろん一人の人間として自身の悩みに忠実な著者のエッセイは、現代を生きる読者に熱く語りかけてくることだろう。
目次
プロローグ 法壇の上に温かい食事を並べてみたかったのです
1 指サックと鉛筆のあいだ
2 今から裁判を始めます
3 裁判官が裁判官になり、被告人が被告人になる瞬間
4 もてあそんではならないこと
5 被告人席に座って
6 起訴事実を認めますか
7 勾留状、発付と棄却のあいだ
8 過去という名画を復元する仕事
9 合理的な疑いを越えて
10 最後に言いたいことはありませんか
11 判決文を書く時間
12 同じことは同じように、異なることは異なるように
13 判決言い渡し
エピローグ 生きているように生きるために
日本でのアピールポイント
さまざまな人間模様が繰り広げられる法廷ドラマや法廷エッセイは日本でお馴染みのジャンルだが、韓国でも最近は裁判官、弁護士、検事が書いた本がベストセラーランキングに登場するようになってきた。法廷でまとうガウンに隠された一人の人間として悩む姿が読者を魅了するのだろう。
裁判官としての最後の1年間に担当した刑事裁判をもとに書かれた本書は、目次も刑事裁判の手順どおりに構成されている。
著者は裁判官席から法廷を通して韓国社会の病理に鋭い目を向ける。刑事事件や裁判に対する韓国人の反応に著者が考察するところは、日本やほかの国との対比がされており興味深い。
法廷で繰り広げられる「人が生きる姿」は重く堅苦しくもあるが、現代を生きる韓国人の悩みに思いをめぐらせる著者のまなざしは温かい。法廷こそ人間が熱く生きる場であると、ときにオヤジギャグもまじえてユーモアたっぷりに描く。
作成:斉田麻衣子