『偶像の涙』(全商国著、金子博昭訳、クオン)

第7回「日本語で読みたい韓国の本」翻訳コンクールで、『夏にあたしたちが食べるもの』とともに最優秀賞受賞となった金子博昭さん訳の『偶像の涙』(全商国著、クオン)。ことあるごとに暴力で周囲を威圧する不良グループのリーダー・ギピョ、クラスの秩序を保とうとする担任教師、そして級長ヒョンウ。各者の対立と葛藤を、気が利いてそつの無いユデの視点で語っていきます。1980年に発表され、1982年には映画化にもなった本作は、ある高校で起きた出来事を素材にしたアイロニカルな物語。修学能力試験(韓国の大学入学共通テスト)に出題されたこともあり、韓国の人たちにとってとても有名な作品です。訳者の金子博昭さんからメッセージを頂戴しましたので、ご紹介します。

『偶像の涙』の著者・全商国は、19年間に渡り中学・高校の国語教師を務め、その経験をもとに学校を舞台とする小説を多数生み出しました。本作は、教育に関する著者の小説の代表作とされています。
 物語は、高校2年の男子生徒ユデの視点で進みます。暴力で周囲を威圧する不良グループのリーダー・ギピョと、クラスの秩序を保とうとする担任教師や級長ヒョンウ。双方の対立と葛藤は、ユデをはじめとする級友たちが見守る中、思わぬ結末へと至ります。
 本作が書かれた1970年代、韓国は軍事独裁政権のもとにあり、経済成長が進む一方で抑圧や監視による歪んだ社会が形成されていました。本作は、そんな社会の現実を学校の教室になぞらえて批判した小説と読むことができます。また、教師としての実務経験に支えられた描写はリアルで、当時の学校の様子も伝わる興味深い小説となっています。
 1940年に江原道で生まれた著者は、10歳で朝鮮戦争の戦禍に見舞われました。著者の小説のテーマは戦争と分断に関するものが最も多く、それらは韓国現代史の貴重な証言とも言えるでしょう。日本でのさらなる紹介が待たれます。(金子博昭)

 

『偶像の涙』(全商国著、金子博昭訳、クオン)