『オルガンのあった場所』(シン・ギョンスク/著、きむ ふな/訳、クオン)

韓国の現代作家を代表し、作品が出るたびに人気を博するシン・ギョンスクさんの短編集『オルガンのあった場所』(きむ ふな訳、クオン)が昨年末に出版されました。別れた彼のことを忘れるために何通もの手紙を書く主人公の不思議な体験を描いた「庭に関する短い話」、許されない恋の相手との逃避行を目前にして、揺れる気持ちを幼い頃の思い出とともに手紙に綴る表題作の「オルガンのあった場所」、妻に会いにいく道中で自動車事故を起こし、草むらに放り出された主人公が、奇病に冒された妻のことを初めて深く考える「彼がいま草むらの中で」、入院中の老父を介護する主人公が職場の女性に手紙を綴る「ジャガイモを食べる人たち」など7編の物語が収録されています。どの別れもつらくて悲しいのですが、四季折々の自然の描写や暮らしのささやかな場面の描写がとても美しく、切ない余韻が心に広がります。「これらの作品から悲しみではなく美しさを発見されることを願っています」と語る作家の言葉どおり、美しさが詰まった短編集です。訳者のきむふなさんからメッセージを頂戴しましたので、ご紹介します。

シン・ギョンスク(申京淑)は、1985年のデビュー以来、韓国の90年代の小説を切り拓いた作家、今日の韓国文学をけん引してきた作家と評価されています。日本にも早くから紹介され、長編小説『離れ部屋』と『母をお願い』(ともに安宇植訳、集英社)や、掌編集『月に聞かせたい話』(村山俊夫訳、クオン)などの邦訳作品があります。初の短編集となる本書は「作家のことば」にあるとおり、デビューからこれまで書いた短編のうち「私の胸の内のすべてを読者の皆様にお見せしたい」という思いで選んでいただいた作品が収まっています。そのためでしょうか、7作品のうち2作が手紙形式になっています。他の5作もシン・ギョンスク文学を支える故郷の風景や胸の奥の思い出が静かな声でつづられた、一冊まるごと読者への手紙のようです。
いちばん短い作品の「草原の空き家」は、「怖い物語」を書いてほしいという機内誌の依頼から生まれたもの。怖い物語も作家シン・ギョンスクが書くと、こんなにも切なく美しいものになるんだ、と思ってしまいます。切なくもあたたかい、悲しくも美しい手紙のようなシン・ギョンスクの作品世界と出会っていただければ嬉しいです。(きむ ふな)

『オルガンのあった場所』(シン・ギョンスク/著、きむ ふな/訳、クオン)