『ハナコはいない』(チェ・ユン/著、朴澤蓉子/訳、クオン)

李箱文学賞受賞作であり、「第4回日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」の課題図書であったチェ・ユン「ハナコはいない」が「韓国文学ショートショート きむ ふなセレクション」の作品として出版されました。学生時代の仲の良かったメンバーのうち唯一の女性だったハナコ。ハナコは本名ではなく、メンバーたちの隠語です。誰よりも熱心にメンバーの話に耳を傾け、集まりの調和を乱さず、空気のような存在だったハナコ。ある出来事をきっかけに彼女は消えてしまい……。人間関係のなかに潜む「ゆがんだ習慣」について考えさせられる作品です。著者は画家を志したこともあったそうで、幻想的なベネチアの描写を読むと、自分もこの街に迷い込んだ気分になります。コンクールで最優秀賞を受賞した訳者の朴澤蓉子さんからメッセージを頂戴しましたので、ご紹介します。

韓国フェミニズム文学が多くの読者を得ている今、1994年に発表された「ハナコはいない」が日本で刊行されることは大きな意味を持つように思います。近年のフェミニズム作品のような熱っぽさや分かりやすさはありませんが、日常的で淡々とした描写がかえってリアルで、翻訳しながら自分とハナコを重ねずにはいられませんでした。「ああ、あの時わたしは確かに、あの人たちの中で“ハナコ”だった」と。そして「あの時わたしは、あの人に対して“彼”だったかもしれない」とも。誰かにないがしろにされた、あるいは無意識的に誰かをないがしろにした過去の断片がよみがえり、胸の奥がピリリと痛む…。本作を読んで、私と同じ体験をする方も多いのではないでしょうか。著者は本作について「他者との関係について考える作品だ」と語っています。物語の主な舞台は、霧に包まれた迷路のような都市ベネチア。それはまるで複雑に入り組み、出口の見えない人間関係のようです。この本を手に取ることが、他者とのかかわり方を見つめ直すきっかけになったらいいなと思います。(朴澤蓉子)

映像翻訳者としても活躍中の朴澤さんが、映像と文芸書の翻訳の違いや気づきなどについてお話しするイベントがチェッコリで行われます。
詳細はこちら。【オンライン】ささきの部屋Vol12~プロの映像翻訳者朴澤蓉子さんが文芸書翻訳に挑戦して見えたものとは?

 

『ハナコはいない』(チェ・ユン/著、朴澤蓉子/訳、クオン)