『死の自叙伝』(金恵順/著 吉川凪/訳 クオン)

クオンの「新しい韓国の文学」21冊目は『死の自叙伝』(金恵順/著 吉川凪/訳)。「詩壇のノーベル文学賞」と言われるカナダのグリフィン詩賞を、アジア人女性の詩集として初めて受賞した詩集です。金恵順さんが、セウォル号事件が起きた翌年の2015年に地下鉄の駅で卒倒した際にインスピレーションを得て四十九篇の詩を紡いだという『死の自叙伝』は、光州民主化抗争やセウォル号事件など権力からの暴力によってもたらされた死、家庭で社会で抑圧されてもたらされた女性の心の死に力強く寄り添った詩集です。一篇一篇から無念の死に対する詩人の慟哭が聞こえてきます。「四十九篇の詩を、一篇の詩として読んでいただければ幸いだ」と詩人はあとがきで語っています。
訳者の吉川凪さんにメッセージを寄せていただきましたので、ご紹介します。

キム・ヘスン(金恵順)が詩壇に出て間もない1980年5月、全斗煥の軍事独裁反対デモに参加した光州市民が多数虐殺された。2014年4月のセウォル号事件では当局の不誠実な対応の連続により、修学旅行に行く高校生など約三百人の命が失われた。

もうすぐ到着だ/日は高く波は穏やか もう顔を洗い 荷物をまとめれば下船だ/そして暗転/千日目もあの島に着けない/あなたはまだあの島に到着できない/もうすぐ下船だと思った瞬間/あなたはまた真夜中 小さなキャリーバッグを引いて旅客船に乗る
(「あの島に行きたい」部分)

この詩集の主人公は「まだ死んでいないなんて恥ずかしくないのか」(「詩人の言葉」)と詩人に迫る、無念な死者たちの集合体としての死だ。読む人の魂もいつしか、「死んだ恋人でいっぱいになった海中を歩いてゆく」(「名前」部分)ように浮遊する。(吉川凪)

 

『死の自叙伝』(金恵順/著 吉川凪/訳 クオン)