第3回「日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」受賞者決定

K-BOOK振興会、株式会社クオンの共催(後援: 韓国文学翻訳院)で行われた、第3回「日本語で読みたい韓国の本」翻訳コンクールには、国内外から総勢125名ものご応募をいただきました。
一次審査を通過した10名の作品をもとに、審査員(中沢けい、吉川凪、きむ ふな、清水知佐子)による厳正な審査を行った結果、この度次の通り、各作品の最優秀賞者が決まりましたので発表致します。
(文中全て敬称略)

⇒ コンクールの詳細はコチラから

「대니」 最優秀賞 佐藤美雪
【受賞者より】
出産、育児のため、長らく韓国語学習から離れていましたが、このコンクールへ出品することを目標に勉強を再開し、今回は二回目の挑戦でした。原作世界に惹きこまれ、翻訳は難しくも、とても楽しい作業でした。
近未来の韓国と舞台は違いますが、今を生きる多くの日本の読者にも共感が広がる作品だと思います。
このたびは身に余る賞をいただき、ありがとうございました。これからも努力を積み重ねていこうと決意を新たにしています。

「토끼와 잠수함」 最優秀賞  齋藤日奈
【受賞者より】
10年間韓国ドラマの字幕翻訳に携わってきましたが、このところめっきり仕事が少なくなりました。韓流ブーム華やかなりし頃に翻訳者の数が増えすぎたためかもしれません。ついに翻訳の仕事に見切りをつけて、倉庫や工場のバイトを転々とする日々でした。翻訳者としての私の役割は終わったと思いました。精いっぱいやったので気持ちは晴れ晴れとしていました。そんな矢先に受賞のお知らせを頂き、驚きと感謝でいっぱいです。改めて自分の訳文を読み返してみると冷汗三斗の思いですが、もっと正確で美しい翻訳ができるよう勉強を続けていきたいと思います。

*なお、惜しくも受賞には至りませんでしたが、次の方々も一次選考を通過されました。
ここに掲載をさせていただきます(五十音順)。
飯田浩子、兼元尚子、金憲子、佐藤美歩、鈴木明子、 関 美由紀、豊川萌子、峰萌咲


【総評】
言葉は時代を背負う  中沢けい(作家)
今回の課題作品「うさぎと潜水艦」と「ダニー」は、作品の発表された時代が違う。「うさぎと潜水艦」は1970年代の軍事独裁政権当時のソウルを描く。「ダニー」は現代から見て近未来を描いている。それほど遠い未来ではないにしてもAIを搭載したロボットがベビーシッターを務める未来である。70年代から現代までの韓国社会の劇的な変化は多くの人が指摘していることであるが、時代が異なる二作品を翻訳するのは、想像以上に努力が必要なことであったと推察される。
言葉は時代を背負う。
文学作品の文体は作者に固有なものとして論じられることが多いが、同時に時代の文体というものがある。今回の二作品はどちらも時代の文体を色濃く滲ませるものであった。ひとつひとつの単語に含まれる感情が、時代によって異なることを感じ分けて翻訳するという作業は難しものだ。韓国語と日本語の間にある微妙な齟齬に加え、時代の変化によって生まれる齟齬をどう捉えるかに翻訳者の工夫と苦心を見せてもらった。

【審査員評】
吉川凪(翻訳家)
토끼와 잠수함(仮題:ウサギと潜水艦)
全般的に、時代状況をよく理解していない応募者が多く、誤訳が多数見られた。歴史的背景を調べ、読者が作品を読むのに必要であると判断した場合は適宜訳注をつけることも必要だ。ただし訳注は多過ぎるのもよくないし、長く書く必要はない。ストーリーを理解するのに最低必要限の情報を書くように心がけてほしい。当選作は、日本語としての完成度が最も高かった点が評価された。

대니(仮題:ダニー)
近未来を背景にしたSFだが作品自体に理解しにくい部分もあり、解釈に苦しむ点があったと思う。方言の翻訳に日本の方言を使うこと自体は間違いではないけれど、自分のよく知らない地方の方言を使ったために混乱して失敗した例も見受けられた。自信がなければ方言で訳すことは避けたほうがいいだろう。この作品に関しては上位者数名の応募作の出来に大きな差がなく選考が難しかったが、結果的には最も誤訳が少ないものが当選作になった。

きむ ふな(翻訳家)
課題作の「ウサギと潜水艦」は1973年に、「ダニー」はちょうど40年後の2013年に発表されました。その40年間の韓国社会の変化がどれほど大きなものだったのかは、この二作からも十分に読みとることができると思います。時代もテーマも文体も異なる作品を同時に翻訳するのは、それだけの困難と楽しみがあったと思います。
「ウサギと潜水艦」は、もう少し時代の背景や状況が伝わるような工夫が必要なのではと思いました。1970年代に発表された他の作品を読んでみたり、映画などを観るのも役に立つと思います。注が多すぎるのも邪魔になりますが、漢字語をそのまま移すだけでは意味が伝わりにくいですね。

両作品とも対話文が多かったと思いますが、登場人物の語り口に一貫性がなかったり、原文で読んだ時のイメージとかけ離れたりするケースもありました。方言をどう訳すかは難しい問題ですが、無理に特定地域の方言にすると余計な先入見を与えてしまうので避けた方がいいかもしれません。

過去2回に比べて、すごく目立つ応募者はいなかったように思います。レベルが平準化したと言ってもいいでしょう。

清水知佐子(翻訳家)
二作品を比べると、「ウサギと潜水艦」は、文章そのものは割とシンプルで、ストーリーを理解しやすい作品です。
ただ、1970年代という時代背景に合った単語を選び、文体を作っていくという意味で難しさがあったように見受けられました。
まず、物語の時代性を「調べる」という作業がきちんとできているかどうかが、訳文の仕上がりの差となって表れていたと思います。

「デニー」は、近未来の話とはいえ現代とそう変わりなく状況を想像しやすいけれど、比喩的表現が多々あり、また、これはどういう意味なのだろうと悩まされる個所がいくつかあります。
そういう部分の訳文が不自然だったり、文章をかみ砕くことなくそのまま訳出されている個所が目立ちました。
日本語力ももちろんですが、読解力を鍛える必要性を強く感じました。


授賞式は7月に都内で開催予定です。
また受賞者による邦訳2作品は、「韓国文学ショートショートシリーズ」として今夏に刊行予定です。どうぞご期待ください。