児童文学作家イヒョンさん講演レポート(韓国通信)

4月19日にオープンした「チャンビ釜山」で同30日、児童文学作家イヒョンさんを招いての講演が開かれました。『創作と批評』春号の合評会(同23日)に続く、「チャンビ釜山」リレー講演の第2弾です。作家になるまでの経緯や、本を通して子どもたちに伝えたいこと、童話『푸른 사자 와니니(青いライオン、ワニニ)』シリーズの誕生秘話などが紹介され、小中学生を含む20~30人が熱心に耳を傾けました。

イヒョンさんは釜山生まれ、昌原育ち、ソウル在住で、2006年に『짜장면 불어요!(ジャージャー麺がのびちゃうよ!)』(吉田昌喜訳 現文メディア)でチャンビの「第10回よいこどもの本」大賞を受賞しデビューしました。邦訳作品『1945, 鉄原』(梁玉順訳 影書房)や『あの夏のソウル』(下橋美和訳 影書房)をはじめ、多数の作品を発表しています。少し前には2022年国際アンデルセン賞の韓国の候補者にも選ばれました。

 

 

 

 

 

子どものころからよく「根気がない」「飽きっぽい」と言われていたというイヒョンさん。中学では漫画、高校で詩、大学時代は社会学や人文学など昔から本を読むのが好きで、漠然と作家になりたいと思っていたそうです。卒業後、就職しますが長続きせず転職を繰り返し、気がつくと30代半ば。あらためて将来について考えます。やはり作家の道を目指そうと応募した作品が受賞し、デビューに至りました。思うように書けなかったり、本が売れなかったりと大変なこともあるけれど、それを上回る楽しさがあるから書きつづけてこられたとのこと。一つの物語を書きおえるとすぐ関心がほかに向くので自然とさまざまなテーマの作品を書くことになり、その点では根気のなさや飽きっぽさが役に立っているようだと話していました。
各地の学校に出向いて講演すると、どうして子どものときに本をたくさん読まないといけないのかという質問が出るそうです。イヒョンさんは「本をたくさん読む大人になれるから」だと考えています。「読書というのは、読んでいるあいだ本だけに集中しなければならず、一冊を読みきるにはある程度の時間がかかるなど、実用的ではない。『成功』がもてはやされる時代にあって、成功に直結するわけでもない。例えば、的に矢を命中させるのが成功だとしたら、命中せず的の周りに落ちた無数の矢についての話をしてくれるのが文学だと思う。今は、みんなが『成功』を目指すあまり、自分はダメなんだという思いを抱く子どもが多い。人生は成功ばかりではない、努力が報われないこともある、正義が不正義に勝つとは限らない、といったことをすでに経験した大人の一人として、『地面に落ちた矢』の話、いわゆる『成功』ではない話を子どもたちに伝えてあげたい。子どもたちが理解するには時間がかかるだろうけれど、そこには魔法のような力があると信じている」。イヒョンさんはこのように語りました。さらに大人が、子どもの心に「読書は楽しい」という記憶が残るようにしてあげてほしい、そうすることで大人になっても本を読む人間に育つ、とも述べていました。
『青いライオン、ワニニ』シリーズは、群れから追い出された1歳のメスライオン「ワニニ」がさまざまな苦難を乗り越えながら成長していく物語です。アリやフンコロガシからゾウやキリンまで、草原のさまざまな生き物が登場します。執筆のきっかけは偶然見たドキュメンタリー番組でした。ライオンはメスが狩りをする、狩りの成功率はわずか20%、子ライオンの10%は乾季に餓死するといった、それまでの自身の認識を覆すような事実に触れ、百獣の王にも知られざる弱さがあることについて書こうと思ったそうです。舞台をタンザニアのセレンゲティ国立公園と決め、取材のため実際に現地を訪れます。物語で描かれている地理や気候、動物の生態などは、実際のものがもとになっています。ドキュメンタリーで見た、力尽きて群れから捨てられる子ライオンにヒントを得て、小柄で力も弱いメスライオンを主人公にしたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

質疑応答では子どもたちからも積極的に手が挙がりました。なぜ「青い」ライオンなのかとの質問には、セレンゲティの青い草原や主人公ワニニの心を表現したと答えていました。ライオンたちの名前はスワヒリ語の単語からイメージに合うものを選んだそうです。例えば、好奇心旺盛な主人公の「ワニニ」は「なぜ」という意味です。凶悪で残忍なオスの名を「ムトゥ(=人間)」にしたのは、密猟やその証拠隠しのため草原に火を放つといった悪事を働く人間がいることを踏まえたものです。最新のシリーズ第3巻に続いて第4・5巻が来春、同時刊行される予定です。せっかくなので第10巻まで挑戦するつもりだと言うと、会場から拍手が起こっていました。

 

 

 

 

 

また、この日会場には「第10回よいこどもの本」大賞を共同で受賞した『초정리 편지(椒井里の手紙)』の著者ペ・ユアンさんの姿もありました。同作は、ハングルを創り広めようと尽力する世宗大王と立派な石工を目指して奮闘する少年の心温まる物語。世宗が薬水を求めて椒井里を訪れたことなど史実も織り交ぜられた、大人も子どもも楽しめる作品です。(文・写真/牧野美加 写真撮影および掲載について許可をいただいています。)