韓国出版レポート(20-1)2019年の韓国文学(翻訳)を回顧する。

2019年の韓国文学(翻訳)を回顧する。
                    舘野 晳(日本出版学会会員)

 昨年11月10日(日)、NHK朝のニュース「おはよう日本」は、前日、東京神田神保町の出版クラブで開催された「K-BOOKフェスティバル」の会場の、あふれんばかりの人々を紹介した。「日韓不和」関係ばかりが報じられてきただけに、この報道に意外さを感じた視聴者は少なくなかったようだ。日本にこれほど熱心な韓国文学ファンがいたのかと、それぞれが不明を覚ったのかもしれない。
 文学だけでない、ポップス・映画・TVドラマ・旅行・料理・美容整形など、それぞれのジャンルで韓国に接し、親しんでいる人はかなりの数に達している。
 「韓国文学」の刊行は、昨年も引き続き盛況だった。筆者調べによれば、2019年の日本における翻訳出版点数は33点(小説27点、エッセイ3点、古典1点、評論2点)で、前年の42点(小説31点、詩3点、エッセイ4点、評論4点)には及ばないものの、着実に日本国内の海外翻訳文学市場で独自の地歩を築いている。実際のところ、大型書店の海外文学コーナーで、「韓国文学」はかなりの面積を与えられるようになった。
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 それではどんな作品が出たのか。「小説」の2019年を振り返ってみよう。まず、朴景利の長篇大作『土地 完全版』(CUON)は、新たに翻訳者を追加し、3名体制で、昨年は9巻(吉原育子訳)、10巻(吉川凪訳)、11巻(清水知佐子訳)を刊行した。
 長老・中堅クラスでは、廉想渉『驟雨』(白川豊訳、書肆侃侃房)、崔仁勲『広場』(吉川凪訳、CUON)、黄晳暎『モレ村の子どもたち』(波野淑子訳、新幹社)、金来成『白仮面』(祖田律男訳、論創社)があり、これに次ぐ世代にはハン・ガン『回復する人間』(斎藤真理子訳、白水社)、パク・ミンギュ『短篇集ダブル サイドA』、『短篇集ダブル サイドB』(斎藤真理子訳、筑摩書房)、ウン・ヒギョン『鳥のおくりもの』(橋本智保訳、段々社)、キム・エラン『外は夏』(古川綾子訳、亜紀書房)があり、新鋭若手には、チョ・ナムジュほか『ヒョンナムオッパへ・韓国フェミニズム小説集』(斎藤真理子訳、白水社)、チュン・ソヨン『となりのヨンヒさん』(吉川凪訳、集英社)、ソン・ウォンピョン『アーモンド』(矢島暁子訳、祥伝社)、チョン・ヨンジュン『宣陵散策』(CUON、藤田麗子訳)、ペク・スリン『静かな事件』(李聖和訳、CUON)、ク・ビョンモ『四隣人の食卓』(小山内園子訳、書肆侃侃房)、ペク・スリン『惨憺たる光』(カン・バンファ訳、書肆侃侃房)、キム・へジン『中央駅』(生田美保訳、彩流社)、チョン・ユジョン『種の起源』(カン・バンファ訳、早川書房)、イ・ヒョン『あの夏のソウル』(下橋美和訳、影書房)、イ・ジョンミョン『星をかすめる風』(鴨良子訳、論創社)、ピョン・へヨン『モンスーン』(姜信子訳、白水社)、イ・ドゥウォン『あの子はもういない』(小西直子訳、文藝春秋)、クォン・ジェ『師任堂の深紅の絹の包み』(キム・ミョンスン訳、国書刊行会)、キム・イリョン『王は愛する(下)』(佐島顕子訳、新書館)があった。
 いささか長くなったが、このリストを一見するだけでも、韓国文学の新しい潮流、すなわち「フェミニズム文学の進出」を知ることができる。昨年は雑誌『文藝』秋季号の「特集: 韓国・フェミニズム・日本」が異例の増刷となり、追いかけて単行本化した『完全版 韓国・フェミニズム・日本』(斎藤真理子編集、河出書房新社)の刊行もあって注目された。ただし、こうした傾向を追いかけるあまり、韓国文学の全体像を紹介することからは外れて、一方に偏している点についての批判をしないわけにはいかない。
 フェミニズム作品が相対的に多くなっている現象は、2018年末のチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子訳、筑摩書房)のヒットを引き継ぐもので、同書は「小説不振」が目立った2019年の日本出版市場の「単行本フィクション部門」で第10位を占め、出荷部数では18万部に迫っているという。
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  出版社別に年間刊行点数を調べてみると、CUONが6点、白水社・書肆侃侃房が各3点、筑摩書房・論創社が各2点、段段社・亜紀書房・集英社・祥伝社、早川書房・彩流社・影書房・文藝春秋・国書刊行会・新書館、新幹社が各1点となっている。つい先頃まで「韓国文学」の版元は限られた10社程度だったのに、このリストでは合計16社に達している。とりわけ、白水社や筑摩書房の参入は、この分野の成長可能性を印象づけるものだろう。
 出版傾向として単発物による当たりを狙うのではなく、各社それぞれシリーズ化して数点をまとめ、一定の特徴を打ち出し、読者の反応をじっくり見極める方向に向かっている。韓国文学だけでまとめているケースに「韓国女性文学シリーズ」(書肆侃侃房)、「新しい韓国の文学」(CUON)、「となりの国のものがたり」(亜紀書房)などがあり、他国の文学と混じっている場合に「エクス・リブリス」(白水社)がある。

 「小説」に次いで読者に歓迎されたのが「エッセイ」である。新刊はキム・スヒョン『私は私のままで生きることにした』(吉川南訳、ワニブックス)、キム・ウンジュ『+1cmLOVE たった1cmの差があなたの愛をがらりと変える』(カン・バンファ訳、文響社)、イ・キジュ『言葉の温度』(米津篤八訳、光文社)の3点だったが、これまでに出たイ・ラン『悲しくてかっこいい人』(呉永雅訳、リトル・モア)、カン・セヒョン『さびしさに、まけないで』(尹英淑ほか訳、PHP)、イ・キジュ『言葉の品格』(米津篤八訳、光文社)なども動きが良好だった。韓国と日本の生活・職場環境の接近・親和性が読者を引きつけた要因だろう。
 「古典」の翻訳には、柳夢寅『続於于野譚』(梅山秀幸訳、作品社)があった。これは訳者が永年取り組んできた「古典翻訳シリーズ」の9冊目に当たるもので、往時の庶民の生活相が、こなれた訳文で伝わってくる。また、ジョ・ヨンイル『柄谷行人と韓国文学』(髙井修訳、インスクリプト)、リ・ヨンヒ+任軒永『対話——韓国民主化運動の歴史、行動する知識人・リ・ヨンヒの回想』(舘野晳・二瓶喜久江訳、明石書店)は、過ぎた時代状況を理解するうえで、大きな示唆が得られるだろう。韓国文学に豊穣さ、屈折、そして苦みがあるとしたら、そこにはこうした時代背景があったのだ。
 さらに、日本語で著された何冊かの後日に名を残すべき書物があった。最後にこれを書き留めておきたい。

李建志『李垠』(一・二)作品社
黄英治『こわい、こわい(短編小説集)』三一書房
『金時鐘コレクション』(Ⅳ)藤原書店
『金石範評論集』(1)文学・言語論、明石書店
金正勲『戦争と文学』かんよう出版
林浩治『在日朝鮮人文学—反定立の文学を越えて』新幹社
広瀬陽一『日本のなかの朝鮮、金達寿伝』クレイン
原佑介『禁じられた郷愁——小林勝の戦後文学と朝鮮』新幹社
中村稔『増補:私の日韓歴史認識』青土社
村松武司『増補:遙かなる故郷、ライと朝鮮人の文学』皓星社